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手を伸ばせば その49


 弟と妹が急ぎ足でやってくるのを見て、恋人たちは溜息をつき、いやいやお互いの体から手を外した。
 満足げなパーシーが、陽気に声を掛けた。
「悪いが時間切れだぜ、お二人さん」
「もう随分暗くなったわ。 マディがいないのをお母様が気付いたら大変」
 ジリアンも口を添えた。 ハーバートは改めてマデレーンの肩に腕を回し、こめかみをふわりと飾っている金色の巻き毛に顔を押し付けた。
「遠くからでも、君を見ていたいな」
「私も」
 くぐもった声で、マデレーンが答えた。
 ハーバートは顔を上げ、こんもりした西洋杉が列を成して薄暮の中に消えていく並木道を眺めた。
「あの外れまで、一緒に歩こう」
「でも……」
「あそこまでなら、屋敷から見えやしないよ」
 すぐに、ハーバートはマデレーンの手を握って歩き出した。
 数歩離れた位置で、ジリアンとパーシーも並んでついていった。 前を行く二人の姿が、肩を落として見える。 それは夕闇のせいだけではなく、お互い本気になればなるほど前途が不安に見えてくるためだと、ジリアンにはわかっていた。
 どうしたら、ハーバートを母のジュリアに認めさせることができるのか。 実業家として腕を上げても、卑しい金稼ぎだと低く見られるのがオチだ。 だが銀行家なら。
 不思議なことに、金を扱う仕事なのに、銀行を所有するのはそれほど悪く言われなかった。 資金を貸す側で、貴族といえども軽々しく馬鹿にできないからかもしれない。
 そうだ、実家がシルバーリーク・アベイを買えるほど金持ちなら、小さな銀行を開けないだろうか。 ナポレオンが死んで以来、再び海の貿易は盛んになり、世界のあちこちで金や銅、ダイヤモンドの鉱山が新しく発見されている。 開発には資本が要る。 よく調査すれば、少ない資本で大きな利益が得られるかも……。


 夢中になって考えている最中に、パーシーの長い指がさりげなくジリアンの手を捕らえた。 ジリアンはほとんど気付かず、握られるままにして、輸入と資本投下の倍々ゲームで急速に大きくなっていくハーバートの銀行を思い描いていた。
 やがて、パーシーは思い切って、握り締めた手の甲に唇を当てた。 だが、それでもジリアンは手を引っ込めない。 我慢できなくなって、パーシーの腕は反射的に、横を歩く少女を夢中で引き寄せた。
 壮大な空想を突然断ち切られたジリアンは、口をぽかんと開いて、間近にあるパーシーの精悍な顔を見つめた。
 みるみるうちに、その顔は夕暮れでもはっきりわかるほど上気して、レンガ色になった。
 低い、癇癪を起こしたような声が呟いた。
「なんだよ……。 なんで逆らわないんだ。 ツンツンしてくるから、触っても大丈夫で、楽しかったのに。 これじゃ、歯止めが利かなくなって……」
 唐突に言葉を切ると、パーシーはぷいっと身をひるがえし、大股で木陰に歩いていってしまった。








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