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手を伸ばせば その48


 明らかに聞き覚えのある声だった。
 ジリアンはちょっと怒って、目を塞いでいる骨ばった手を強く引っ張った。
「やめてよ、パーシー。 いつまでやってるの」


 そこでようやく、冷たい空気にさらされていても充分温かいパーシーの掌が、ジリアンの顔から離れた。 とたんに、目の周りがすっと寒くなった。
 振り向くと、薄茶色のロングコートをまとったパーシーが、腰に手を置いてにやにやしていた。
 あら、大きくなってる――ジリアンは、戸惑いぎみに彼を見た。 顔を上げないと目を合わせられないのが、癪〔しゃく〕にさわった。
「背が伸びた?」
「ああ。 見ろよ、コートがつんつるてんだ」
 自慢そうに、パーシーは片足を上げて、短くなったコートの裾を見せびらかした。
「そう言う君は、チビのまんまだな」
「四ヶ月ぐらいで伸びるほうが不思議よ」
 ジリアンは、むきになって言い返した。 身長の低さが、彼女の密かなコンプレックスだった。
「ところで、ここで何してるの?」
「ハーブの監視役」
 パーシーは、無造作に背後を指で示した。
「まだいちゃついてるぞ。 見張ってないと、駆け落ちするかも」
「これから迎えに行くところだったのよ」
 そう言うなり駆け出したジリアンに、パーシーは余裕で歩いて並んでいった。 まったくむかつく男だ。
「脚が長いとこ見せなくてもいいのよ」
「急ぐんなら、もっと気合入れて走れば?」
「あなたこそ先に行きなさいよ。 ごちゃごちゃ言ってないで」
 息を切らせながらパーシーにやり返さなければならないため、ジリアンの頬は林檎のように赤くなった。
 パーシーの指が横から伸びて、頬の真中をツンと突いた。
「焼きたてのパンみたいだ」
「もうっ。 やめてよ!」
 気安く触るな! ジリアンはバタッと立ち止まり、パーシーの胸をドンと押した。
「ハーブったら、なんで自分だけで来なかったのかしら」
「一人旅だと退屈だからだろ」
「せめてジェノヴァに置いてくればいいのに」
 パーシーのにやにや笑いが、いっそう大きくなった。
「そんなやばいこと、ハーブがするわけないだろ。 波止場の遊び方は詳しいんだから。 ポーツマスで水兵と賭け事して、十五ポンド巻き上げたことがあるんだぜ」
「あきれた」
 ジリアンは顔をしかめて、首を振った。










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