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手を伸ばせば その47


 やがて、空の彼方にうっすらと星が浮かびはじめた。
 ジリアンは、ショールを肩に巻きつけて階下に降り、外に出るとき頭に被り直した。 少し風が出てきて肌寒かったが、庭園の端にいる恋人たちはほとんど気付かない様子で、体をぴたりと寄せ合ったまま、低く話を交わしていた。


 ジリアンが落ち葉を踏む軽い足音が聞こえたのだろう。 マデレーンはしぶしぶ身を起こし、悲しげに振り返った。
「もう時間?」
「そうなの」
 ジリアンのほうも、なんだか申しわけなさそうな声になってしまった。
 ハーバートは愛おしげに、マデレーンの白い頬に指をすべらせた。
「明日も来るね。 どこで会おう?」
「明日は、天気がよかったら会えないかも」
 ジリアンが、横から口を入れた。
「兄さんのフランシスが早めに来たの。 たぶん明日は皆で町見物ということになると思うわ」
「えー? フランクったら、もう来ちゃったの?」
 マデレーンが露骨にがっかりした顔を見せた。 フランシスはさばさばした性格で、感情過多のマデレーンとはあまり気が合わなかった。
 マデレーンはジリアンの手首を掴み、懇願した。
「二人で相談するから、ちょっとだけ待って。 あと十分」
「でも、そろそろ晩餐用の着替えをしないと」
「じゃ五分。 お願い」
 しょうがないなぁと思いながらも、ジリアンは折れた。
「あっちの池のところに行ってるわ」
「ありがとう!」


 私は恋なんてしない。 爪先が痛くなるほど冷たい地面に立ちんぼうして、それでもまだうっとり見つめ合ってるなんて、バカみたい。
 口をとんがらせながら、ジリアンは風で小波が立っている丸い池のほとりに佇〔たたず〕んだ。
 湖面には、十数羽の小鴨が浮いている。 ジリアンが立ち止まると、餌がもらえると思ったのか、三羽が急いで近づいてきた。
「何も持ってこなかったのよ」
 ジリアンは、ガアガアと鳴き交わす鴨たちに話しかけた。
「立派なお屋敷には、パンくずなんてないの」
 それでも鴨は、広がった黄色い足で泳ぎながら、期待を込めて見上げていた。 ジリアンは、溜息をついた。
「冬は餌が少ないのよね。 同情するわ。 今度ビスケットかケーキのかけらを手に入れてくるから……」
 そのとき突然、視野が真っ暗になった。


 背後から目隠しされたのだと気付くまで、数秒かかった。 ジリアンは、顔に被せられた手を掴むと、笑いの混じった声で叱った。
「やめてよ、マディ。 びっくりするじゃない」
「鴨なんかと遊んでて、隙だらけだからだよ」


 頭の斜め上から、硬質な男の声が返ってきた。








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