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手を伸ばせば その46



 冬の太陽は既に傾き、気温はつるべ落としに下がってきていた。 手をこすり合わせ、足を踏みならして待っていたハーバートは、二人の少女が転がるように走ってくるのを認めて、パッと顔を光らせた。
「ハーブ!」
 マデレーンがかすれた声で叫び、二人が磁力に引かれるように、ひしと抱き合うのを、ジリアンは満足そうに眺めた。
 ハーバートは短く息をつきながら、マデレーンの額に、鼻の頭に、唇にキスした。
「かわいい僕のマディ。 会いたかった!」


 恋人たちが二人だけの世界にひたっているので、ジリアンはゆっくり後ずさりして向きを変え、薄着の肩を抱きながらテラスに上がり、豪華な縁飾りのついたフランス窓から屋敷の中に戻った。
 イギリスから送った電信を見て、ハーバートは一目散にここへ向かったにちがいない。 そうでなければ、こんなに早く現れないはずだ。
 彼の愛は本物なんだ、と、ジリアンは確信した。


 二人を会わせた興奮から覚めると、ジリアンは少し不安になった。 楽しい夏の間、彼らは友達として振る舞い、長く気持ちを押さえてきた。 その反動が出て、今急激に恋心が盛り上がっているようだ。 周囲に許されるまで、自分たちを押さえきれるだろうか。


 しかし、根が楽観的なジリアンは、いつまでも悩んだりしなかった。 ハーバートの家は、商人とはいえ大金持ちで、今や従男爵という爵位もある。 マデレーンは次女だから、釣り合わない縁組ではないはずだ。 
 なぜヘレンは、あんなに交際を反対するんだろう。 心が広かったはずの姉の変身を、ジリアンはいぶかしんだ。


 ともかく、三十分したらマデレーンを迎えに行かなくてはならない。 ジリアンは二階に上がって、ショールを取りに行った。
 姉妹の寝室に割り当てられた部屋に入ると、ヘレンが窓際のクッションに座り、枠に肘を置いて頬杖をついていた。 その横顔が寂しげで、ジリアンは思わず立ち止まった。
 ヘレンはゆっくり上半身を回し、ジリアンのほうに向き直った。 押さえた声が呟いた。
「いいわねえ、マディは。 外国まで追いかけてきてくれる人がいて」
 窓から恋人たちが見えるらしい。 ジリアンはソファーの背にかけておいたショールを取ると、ヘレンの横に腰を下ろした。
 姉妹は顔を寄せ、遠くの楡の幹にもたれて抱き合うハーバートとマデレーンを眺めた。
「お母様たちに見つからないかしら」
「随分たそがれてきたから、見えても誰かわからないでしょう」
 そう言うと、ヘレンは少し間を置いて、思い出したように後を続けた。
「恋のエネルギーって、怖いぐらいよ。 私もロスに逢いたい。 彼と一緒にいたいの。
 でも、マディがハーバートと結ばれれば、とばっちりが私に回ってくるわ。 おまえは長女だ、家の誇りとなる相手を選べ、と、これまで以上に責められる」
 ジリアンの胸に、重い塊がつかえた。
 あっちを立てれば、こっちが立たない。 二人の姉を大好きで、どちらにも幸せになってほしいのに。








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