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手を伸ばせば その43



 フランシスはケンブリッジ大学の最上級生だから、従僕などはついていない。 身軽に一人で船旅を楽しんできたという話だった。
「学期の終わりをちょん切って来ちゃったけどな。 まあ僕ほど真面目な学生は数少ないから、許可を得るのは簡単だった」
「ちゃんと卒業できそうなんだものね。 えらいわぁ」
 ジリアンがからかうと、仕返しに鼻をつままれた。
「痛!」
「生意気言うからだろう」
「だって、途中で止めちゃう学生も多いんでしょう?」
「正確に言うと、止めさせられるんだ。 貴族だから学位なんかいらないと思ってるようだ」
「ぜいたくね。 私なんか、建物だけでいいから入りたいと思うぐらいなのに」
 ジリアンは盛大に溜息をついた。 名門大学に女子が入学を許されるのは、百年も後のことだった。


 フランシスとジリアンが手をつないで、のんびりと廊下を歩いていると、談話室の扉が開いて、男性陣がぞろぞろと出てきた。
 兄妹に気付いたデナム卿ジェイコブは、足を止めて二人が追いつくのを待った。
「着いたな。 早かったじゃないか」
「自主的に学期を終わらせたんです」
 陽気に答えると、フランシスは父と肩を並べて歩き出した。 ジリアンもついていこうとしたが、父が手を振って立ち止まらせた。
「おまえは来るな。 ビリヤード室に皆で行くところだ。
 さあ、フランシス、こっちへ。 アルディーニ伯爵にご挨拶だ」」


 また追い払われた。
 ジリアンはむくれて、ドシドシと足音を響かせながら二階の寝室に上がっていった。
 まだ姉たちは戻ってきていない。 ジリアンは、荷物の中からスケッチブックと鉛筆を探し出し、旅の記念に豪華な部屋の内装をデッサンし始めた。
 大ざっぱに全体を描いてから、外の冬枯れの景色も入れておこうと思い、ジリアンは窓に目をやった。 蝋燭の炎の形に刈りそろえられた杉の木が、きちんと並んでいる。 その後ろに、すっかり葉を落とした欅が、扇の骨のように裸の枝を広げていた。
 バルコニーに通じるガラス戸に近づいて、午後の日光に照らされた庭園を眺めて構図を決めていると、下で何かが動いた。
 ごく自然に、ジリアンは視線で追った。 そして、激しく息を呑んだ。


 うわっ、ハーバートだ!








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