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手を伸ばせば その40



 アルディーニ伯爵テオドゥーロ・ダミアーニの別荘は、なだらかに登る坂の先、低い丘の上に鎮座していた。
 イオニア式の太い白大理石の柱がずらりと並ぶ正面玄関に、三人姉妹は見とれたが、母のジュリアはほとんど目もくれずに、馬車を降りるとすぐ夫の腕を取り、さっさと中へ入っていった。
「立派ですねえ。 これが別荘なら、御本家はギリシャ神殿みたいかしら」
 正直に感想を述べたジリアンに、パオロは髭の下の唇をほころばせた。
「いや、そんなことは。 本宅はローマにあるんですが、ここより少し小さいぐらいですよ。 彫刻だけは、やたらに置いてありますが」
 マデレーンが小声で尋ねた。
「あの、こちらで手紙を出すにはどうすれば?」
「執事のエスポジトに渡してください。 彼が命じて、届けさせます。 郵便事情が悪いので、少し日にちはかかるかもしれません」
「やはり治安がよくないのですか?」
 眉をひそめてヘレンが尋ねた。 パオロは視線を彼女に向け、整った顔立ちに見惚れながら、両手を軽く広げた。
「まあ、独立の機運が高まってるのでね。 こっちと北のほうでは、考え方が少し違いますが」
「この町は穏やかに見えますけど。 道を行く人たちも笑顔だし」
「気候がいいですからね。 食べ物も豊富だし。 カプリで採れるオレンジは甘いですよ。 ぜひ食べてみてください」
 話しながら、若者四人は柱と揃いの大理石を積んだ前階段を上り、高い丸天井を持つホールへと入った。


 当主のテオは、市議会に出席していて、午後に戻るということだった。 代わりに、丸顔が福々しいエミリア夫人がホールまで出迎えに現れた。
 衣擦れの音をさせて、エミリアは又従姉妹のジュリアと抱き合い、ジェイコブに挨拶してから、娘たちに笑顔を向けた。
「いらっしゃい、お嬢さんたち。 船旅は快適でした? みんなで楽しみにしてたのよ。 家には男の子しかいないでしょう? 華やかなお嬢さんたちが来てくれて、屋敷がパッと明るくなったわ」


 侯爵夫妻には、クリーム色の綾織絹が貼られた豪華な主客室が用意されていた。 娘たちにも、暖炉が二つある広い部屋が割り当てられ、後から合流する長男のフランシス用の部屋まで、すでに決まっていた。
 中に荷物を運び込み、すぐ必要な物を取り出して整理するのに、一時間ほどかかった。 それでも、昼食までにはまだ一時間以上ありそうだ。 窮屈な旅装を解き、モスリンやファイスのデイドレスに着替えた姉妹は、優雅な部屋を探検したり、アーチ型の窓から庭を眺めたりして時を過ごした。
 その中で、マデレーンは一人、巻き上げ式の書き物机に向かって、手紙を書いていた。 ナポリに着いたことを、一刻も早くジェノヴァのハーバートに伝えたいのだろう。 ジリアンはそんな姉をそっとしておいたが、ヘレンは時々、机にかがみこむマデレーンを見やって、厳しい表情になっていた。









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