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手を伸ばせば その38



 ブリストルに着いたのは、翌日の午後だった。
 南イタリア行きの船が出航するまで、四時間ほどあるというので、ジリアンたち三人姉妹は、荷物持ちと護衛を兼ねた従僕のサミュエルを連れ、商店街へ買い物に出た。


 よく晴れた気持ちのいい日で、コートをはためかせる風もなく、姉妹は笑いさざめきながら、手袋屋や小間物屋を巡った。
 途中で郵便局を見つけたジリアンは、マデレーンに目で知らせた。 さっそくマデレーンはヘレンの手を引き、先頭を切って帽子屋に突入した。 サミュエルも、うんざりした顔をしながら後をついていく。 ジリアンは、店の入り口まで入り、姉たちに声をかけておいてから、こっそり抜け出した。
 午後の二時前で、郵便局は閑散としていた。 ジリアンは急いで窓口に行き、黒い腕カバーをした所在なげな職員に、電報を頼んだ。


 駆け足で戻ったのだが、ヘレンはジリアンがいないのに気付いて、帽子店の前で手を揉みながら行ったり来たりしていた。
 仕方なく、ジリアンは荷馬車や背嚢をかついだ水夫の行き交う道を横切り、正面からヘレンに近づいた。 ヘレンはすぐ妹に気付いて、神々しいほど整った顔をしかめた。
「ジリー! 勝手に出歩いちゃだめよ。 ここはぶっそうな港町なのよ」
「ちょっと手紙を出しに行ったの」
 完全な嘘ではないが、真実でもない言い訳をして、ジリアンは姉と並んだ。 背後から、マデレーンが申しわけなさそうな顔で出てきた。 手に白い箱を下げている。 どうやら帽子を買ったらしかった。
「ジリーを怒らないで。 私が頼んだんだから」
「例のお隣さん宛?」
 冷ややかな声で、ヘレンが尋ねた。
「ねえマディ。 せめてお父様には話しておくべきよ」
「でも反対されるにきまってるから」
「陰で連絡していたのがわかったら、もっと反対されるわ」
 マデレーンはうつむき、声も小さくなった。
「ハーバートはいい人よ。 私を誘惑したこともないし」
「あったら大変よ。 鞭で生皮を剥がれちゃうわ」
 ヘレンが、くるりと眼を回してみせた。 それからジリアンに視線を移し、一段と厳しい表情になった。
「どんな手紙を出したの?」
「私は知らないわ。 ただ投函しただけだから」
 電文を下書きしたのはジリアンなので、この辺りは完全に嘘だ。 マデレーンを庇うためとはいえ、気が咎めた。
「じゃ、マディ?」
 マデレーンはしどろもどろになった。
「大した内容じゃないわ。 あの……曇り空が続いてるとか、春の休みには必ず会いたいとか、そういうこと」
 ジリアンは知らん顔で、立て込んだ店の庇沿いに見える白っぽい空を眺めた。 どうも南のほうから天候が変わりはじめているらしい。 怪しい黒雲が縁に集まり出しているのを発見して、ジリアンはさりげなくヘレンの追及を遮った。
「もうじき雨になりそうよ。 馬車に戻りましょう」








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