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表紙

手を伸ばせば その36



 デナム侯爵ジェイコブ・クリフォードは、その身分と財力にふさわしく、家族旅行の準備を整えていた。 一家で乗る特別列車を予約していたのだ。 王族ではないから、列車すべてを特別仕立てにしたわけではないが、豪華車両一台に、貨物車を一両つけて借り切っていた。


「汽車はいいな。 馬車と違い、中にちゃんとした寝台を置けるから」
 小さな駅には不釣合いなほど長く連なった汽車が到着すると、侯爵はベンチから悠々と身を起こして、満足そうに言った。
 その横では、使用人たちがせっせと貨車に荷物を運び込み始めた。 量が多いので、しばらく時間がかかりそうだ。 その間、列車は予定など気にせずに、ゆったり停まり続けていた。


 ジリアンは、家庭教師というよりお目付け役として傍にいるホッブスと共に、特別車両に歩いていった。 すると、まるで計ったように扉が開き、中からマデレーンが顔を突き出した。
「マディ!」
「ジリー!」
 二人の娘は嬉しさに顔を紅潮させ、互いの名前を叫びながら抱き合った。
 父の横に座っていたヘレンも立ち上がり、妹たちに駆け寄った。 三人が手を取り合ってはしゃぐのを、侯爵は優しいと言えなくもない目つきで見守っていた。
「マディ、ずいぶんおしゃれになったわねえ。 きれいなコート! 襟の毛皮は黒テン?」
「どうかしら。 覚えてないわ」
 無関心な様子で答えてから、マデレーンはジリアンの手を掴んで、車両の中に引き入れた。

「そういうあなたも、ちょっと見ない間に大人っぽくなったわよ。 十五の誕生日おめでとう。 カードは届いた?」
「ええ、プレゼントもね。 ダマスクローズの香水ありがとう! 今も使ってるのよ。 わかる?」
 マデレーンは楽しそうに頷いた。
「ふんわり匂う。 上手につけてるわ、ジリー」
 ジリアンの肩越しに、ヘレンが声を挟んだ。
「マディは鈴蘭系の香水を使っていてね、デビュタントの間に流行させたのよ。 マディは華やかで、話題の中心になってるの」
「そんなことないわ」
 マデレーンは笑顔を消して、姉を睨んだ。 二人の間に緊張が走るのを、ジリアンは驚いて眺めた。
「どうしたの? 何か変ね」
「なんでもない。 さあ、みんな中に入りましょう。 ここは寒いわ」
「その通りよ。 いつまでドアを開けっ放しにして、私を冷やすつもり?」
 かすかに苛立った艶やかな声が、車両の奥から聞こえた。 母のジュリアだ。 ジリアンは緊張で首筋が凝るのを感じ、一瞬顔をしかめた。

 








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