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手を伸ばせば その34



 ジリアンは困って、笑いながら身を起こそうとした。 だが、動けなかった。
 脇の下に入って支えていたエンディコットの両腕が力を増し、ジリアンの胸の下を強く押しつけた。
 あえぐような声が、耳元で渦巻いた。
「あなたは、危険な人だ」
 ジリアンは、落ち着きを失って体を小さくねじった。 これはただならぬ状況だと、本能が告げていた。 少年たちは林に走りこんでしまったが、やがて戻ってくるにちがいないから、まさか危ないことにはならないと思うが、それにしても……。
 度を失った囁きは、なおも続いた。
「自分がどんなに魅力的か、わからないんですか? 無邪気に男と二人きりになるのは、およしなさい。 あなたは生命力にあふれている。 思わず抱きしめたくなるんです。 手の届かない人だとわかっていても」


 言い終わると同時に、腕が緩んだ。 ジリアンは投げ出されたように、固い雪の上に座りこんだ。
 喚声が再び大きくなって、林の外れから少年たちが飛び出してきた。 その頃には、ジリアンはすでに立ち上がり、エンディコットから顔を背けるようにして、コートについた雪を払っていた。
 二人を覆っている不自然な空気に気付いたのだろう。 前を走っていたリュシアンが立ち止まり、小首をかしげて丸い眼で見つめた。
「どうしたの? どっちも怖い顔だね」
 後ろから追いついてきたコリンは、弟にぶつかりそうになって危うく止まり、声を張り上げた。
「怒ってるんだよ、ぼく達を! おまえがいけないんだ。 兎なんて見つけるから」
「どちらも悪い」
 押し殺した声で、エンディコットは叱った。
「冬の日暮れが早いのは知っているはずだ。 侯爵閣下に咎められて鞭で打たれないうちに、お隣へ着かなくては」
「ごめんなさい、先生。 それにジリー」
 素直なリュシアンは、すぐにあやまって、ジリアンの横にぴたりとつき、手を取って歩き出した。
 コリンは一歩遅れて、エンディコットと並んだ。 やがて家庭教師の青年を見上げた彼の眼は、子供とは思えない硬質な光を放っていた。
 視線を外さずに、コリンは前の二人に聞こえないぐらい声量を落として、エンディコットに言った。
「ジリーに手を出すな」
 そして、エンディコットが反応する前に歩数を上げ、ジリアンたちに追いつくと、リュシアンに対抗してジリアンの手を掴み、三人でどんどん歩いていった。








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