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手を伸ばせば その31



 父と姉のいる夕食は、久しぶりに賑やかで楽しかった。 帰宅した直後は不機嫌だった父のジェイコブも、留守中に届いていた手紙に何通か目を通した後は明るい表情になって、会話が弾んだ。
「ロンドン・イースタン鉄道の株が、また上がったよ。 サディアス・メイ海上輸送も快調だし、お前たちの持参金には不自由しないな」
 珍しく冗談を言う父に、ジリーは尋ねてみた。
「もうイタリア旅行の日取りは決まりました?」
ジェイコブは灰色の目を上げ、無造作に頷いた。
「ああ、決まったよ。 四日後にプリマスから出港だ。 それで、お前とミス・ホッブスを迎えに来たんだ」
 ミス・ホッブス?
 隠そうとしてもしかめ面に近くなったジリアンを、横のヘレンがそっと突っついた。
 だが、その後の父の言葉で、姉妹は内心胸を撫で下ろした。
「長い休暇になるので、久しぶりに自宅へ戻りたいと言うんでね。 ソールズベリーは通り道だから、途中まで連れていこう」
「ホッブス先生、きっと喜びますわ」
 ヘレンが満足げに相槌を打った。


 その夜は、ジリアンがヘレンのベッドに忍び込んで、空が白むまで、積もる話に熱中した。
「それで、ロス・クレンショーさんは金髪なの?」
「何ていうのかな、茶色に金色の筋が混じって、光が当たると波打って見えるの」
「じゃ、わりと長く伸ばしてるのね。 今は短い髪が男性の間では流行だって聞いたけど」
「そうみたいね。 軍隊に入っている人たちは特に」
「どこで知り合ったの?」
「ロレンソン伯爵夫人の慈善舞踏会。 ずっと私のほうを見ていたらしくて、目が合ったら微笑みかけてきたの」
「ぞくぞくっとした?」
「いい意味でね」
 一目惚れなのだろうか。 姉の輝くような表情を眺めて、ジリアンの胸も憧れにうずいた。
 私もいつか、誰かに見つめられるだろうか。 長く裾を引くドレスを着て、蝶の羽のように軽い扇子を手首に下げ、盛装に身を包んだ貴公子にリードされて、舞踏会場に歩み出る。 美々しく飾られた部屋に華やかな音楽が流れ、ダンスが始まり、二人は優雅にフロアを舞う。 彼の低く甘い声が、心をとろかす調べとなって耳に響く。
『今宵は一段とお美しいですね、クリフォード嬢』


 ジリアンが、いきなり鼻で大きく息を吐いたため、ヘレンは驚いて目を大きくした。
「どうしたの? なにか不満?」
「私のデビュー・パーティーを予想してたの。 素敵な人に最初のダンスを申し込まれたんだけど、お世辞を言われたとたんに白けちゃった」
「また変な想像して」
 ヘレンは笑いながら、首を振った。
「上流の紳士は、あまりお世辞を言ってくれないものよ。 ただし、南欧系の男性は別。 女が嬉しがることを言うのがうまいから、ポッとならないようにね」








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