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手を伸ばせば その30



 とたんにジリアンは前のめりになった。 続きの話が聞きたくて聞きたくて、耳が大きくなったような気さえした。
「ロス? ロスって誰?」
「そんなに急がないで」
 ヘレンは子供をたしなめるように言い、軽く微笑した。
「ゴードン・ロス・クレンショーというのが、正式な名よ。 でも、ゴードンと呼ぶと怒るの。 女たらしのお祖父様〔おじいさま〕から貰った名前だから」
 姉妹は声を合わせて笑った。
「で、本人は堅物なの?」
「全然。 冗談ばかり言ってるわ。 一見軽く見えるけど、中身はしっかりしてるの。 傾いた家を立て直すために頑張っている最中よ」
「貴族?」
 ジリアンは、気兼ねしながら尋ねた。 普通の男性なら、どんなに素敵な人でも、母が反対するに決まっている。
 ヘレンは、口をつぼめるようにして答えた。
「ええ、リヴァース子爵の位を持ってるわ。 そのうち本家のレインマコット侯爵を継ぐはずなの。 そっちには男子がいないから」
 ほっとして、ジリアンはヘレンの手を掴んで大きく振った。
「良縁ね!」
 ヘレンの目がわずかに逸れた。
「私もそう思う。 むしろ私にはもったいないほどの相手だと。 でも、お母様は更に上を目指せって言うの」


 ジリアンは顔色を変えた。 明るくて努力家の貴族なんて、滅多にいない貴重品だ。 しかも家柄がいい。 少々財産が足りなくても、公爵家にはありあまるほどの収入があるじゃないか。
「更に上?」
「そう。 ハバストン侯爵」


 ジリアンは、開いた口がふさがらなくなった。
「それ、もしかしてデントン・ブレア? あの、ジェラルド・デントン・ブレア?」
「そう」
「任せなさい。 私が蹴っとばしてやる」
 すっくと立ち上がったジリアンを、ヘレンは可笑しそうに眺めた。
「ジリーなら本当にやりそうなのが怖いわ」
「やるわよ。 必要とあれば」
 ジリアンは目を細め、顎を突き出した。 ジェラルドのことは、残念ながらよく知っている。 あんな男には、妻どころか猫でもあげたくない。 このばかげた縁談を粉砕するにはどうしたらいいか、ジリアンはすぐ作戦を立てると決めた。









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