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手を伸ばせば その29



 十二月初め、ヘレンが父に伴われて、久しぶりに屋敷へ戻ってきた。
 前触れのない帰宅だったため、ジリアンは二階の窓から馬車を見つけ、駆け下りてきて初めて、父が姉に手を添えて箱型の車体から下ろすところを目撃した。
 ジリアンは嬉しさで一杯になった。
「ヘレン! ヘーレーン!」
 転がるように走ってくる妹に、ヘレンも満面の笑顔になって両手を差し伸べた。
「ジリー!」
 二人はパッと抱き合って、仔犬のように飛びはねた。
「ヘレン、ああ、ヘレン!」
 抱いた腕をまっすぐ伸ばすと、ジリアンは改めて姉を観察した。
「また綺麗になったわね。 光ってるように見えるわ」
 ヘレンは吹き出した。
「まさか、ランプじゃあるまいし。 ロンドンは日当たりが悪いから、肌が白くなっただけよ」
 それだけじゃない。 ジリアンは姉の内面の変化を鋭く感じ取った。 ヘレンはふわふわしている。 これまでなかったことだ。 長姉はマデレーンと違い、いつも堅実で静かだった。 だが今は、手を振る動作一つにしても華やかで、人目を引いた。
「さあ、中に入ろう。 風が冷たい」
 父の言葉で、姉妹は我に返った。 手をつないで玄関を入るとき、自然に目くばせしあい、指に力をこめると、それでもう束の間のわだかまりは消えた。


 父は、玄関口で控えていた執事にポンとステッキを放り、コートを脱がせてもらった。 デナム侯爵ジェイコブ・クリフォードは、大柄で金髪の、いかにも貴族的な風貌をした男性だった。 眼は濃い灰色で、美しいと同時に厳しい。 若い頃はすっきりした線を描いていた鼻は、五十の声を聞いて僅かに鷲鼻になりかけていた。
 父は、機嫌がいいとは言えなかった。 玄関を入ってすぐの広間を見渡すと、眉を寄せて大声で言った。
「なんだ、外とあまり変わらぬ寒さじゃないか。 もっと火を大きくしろ」
「ただいま」
 執事は頭を下げ、すぐ下男の一人に合図して、巨大な大理石の暖炉に石炭と薪をくべさせた。


 昼食の時間が近づいていた。 ヘレンとジリアンは、クスクス笑い合ったり突っつきあったりしながら階段を上り、ヘレンの部屋に入った。
 後ろからついてきた下男のチップが、服の詰まったトランクを二つ、床に置いていった。 一緒にロンドンから戻ってきた小間使いのベティが、蓋を開けて、次々と新しいドレスを取り出し、手際よく洋服箪笥にかけていくのを、ジリアンは口を開けて見守った。
「うわー …… 見たことない服ばかり。 いったい何着作ったの?」
「覚えてないわ」
 ヘレンはあっさり答えた。
「ここから持っていったのは、どれも流行遅れで着られなかったの。 少なくともお母様はそう言ったわ」
「あのクリーム色のアフタヌーンドレスも? お姉様の髪にすごくマッチしてたのに」
「色はいいけど、形が子供っぽいって」
 旅行用のコートのボタンを外そうとして、ヘレンは体をねじった。 斜めになったその姿勢のままで、彼女はジリアンの顔を見ずに、さりげなく続けた。
「でも、ロスは似合うって言ってくれたのよ」








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