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手を伸ばせば その28



 ハーバートとパーシーが去り、マデレーンが海の彼方に行ってしまった後、コリンとリュシアンの面倒を見るエンディコットと、一人残されたジリアンが親しさを増すのは、自然な成り行きだった。
 といっても、エンディコットはあくまでもいたずら坊主たちのお目付け役として付き添っているわけで、ジリアンと二人きりになることはほとんどなかった。
 それに、もう外で長く遊ぶには寒すぎた。 ジリアンは、バックギャモンや絵描き道具を抱えて、週に三回はラムズデイル家の屋敷シルバーリーク・アベイまでせっせと歩いていった。
 少年二人はいつも玄関で待ち構えていて、ジリアンを左右から挟んで、赤々と暖炉の燃える遊び部屋に連れていき、いろんな室内ゲームやかくれんぼを楽しんだ。
 教師の威厳を見せて、エンディコットはほとんど遊びに加わることはなかった。 彼は、長い足を組んで暖炉脇の椅子に座り、新聞や『スクリブナーズ』のような雑誌を読みながら、穏やかな表情で三人にそれとなく気を配った。


 ジリアンは、少年たちを家に招こうとした。 だが、クリフォード家の家庭教師エラ・ホッブスは、絶対反対だった。
「台所でプディングを出すぐらいなら構わないけれど」
と、ホッブスは高く細い鼻をそびやかすようにして言った。
「まだほんの子供でしょう。 しかも、一番汚れる年頃の男の子! 居間に入れるなんていけませんよ」
「私が向こうでもてなされるだけじゃ不公平だわ。 うちのシェフがどんなにおいしいデザートを作れるか、あの子たちにも知ってほしいの」
 ジリアンはホッブスを説得しようとがんばってみたが、敵は難攻不落だった。
「いえ、駄目です。 本来なら、あなたのような良家のお嬢さんは商人の子などとは付き合わないものよ。 いちおう向こうにも貴族の位はあるようだけど、家柄には天と地の開きがあります」
 これ以上押すと、午後の遊びさえ禁止になりかねない。 ジリアンは仕方なく、二人を呼ぶのをあきらめたが、代わりにユーグに作ってもらったミートパイや蜂蜜ケーキを藤のバスケットに一杯詰めて持っていった。


 マデレーンからは、秋に舞い落ちる木の葉のように始終手紙が届いた。 フランス行きの船でひどく酔ったこと、途中で立ち寄ったパリでは、親戚の伯父が連れていってくれたナイトクラブで、ぎょっとなるほど下品な踊りをやっていたこと、スイスでは牛の引く馬車(牛車?)が街を行き交っていることなど、面白い話題が満載で、ジリアンは読むのを楽しみにしていた。
 手紙にはもちろん、ハーバート宛の封書も入っていた。 丁寧に蝋で封じてあるその手紙を、ジリアンはせっせとケンブリッジに送った。
 ハーバートは、男子にしてはまめに返事をよこした。 礼儀正しい彼は、必ずジリアンにも近況を伝える添え書きをつけていて、こちらも目新しく楽しかった。
 大学では、十二月十九日に学期が終了するという。 本来なら飛んで帰りたいが、クリフォード邸がイタリア旅行で留守になると知り、ハーバートはがっかりしていた。


 しかし、十月の末に届いたハーバートの手紙には、意外なことが書いてあった。


『親愛なるジリー


 すごく嬉しい知らせがあります。
 六つ年上の従兄弟が取引のことで十二月半ばにジェノヴァへ行く予定です。 それを聞いて、僕も経験を積むために同行させてくれと父に頼むと、許してくれました!
 お宅のイタリア旅行の日程が決まったら、知らせてください。 向こうのどこかで落ち合えるよう、全力を尽くします。


忠実な友、ハーブより』

 









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