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手を伸ばせば その25


 よけようにも後ろは壁だ。 しかも足はわずかだが床から持ち上がっている。
 宙に浮いた足先で蹴ってもよかったのだが、ジリアンはやらなかった。 それどころか、パーシーの鎖骨あたりに手を置いて、反射的に目を閉じてしまった。


 後で考えれば、幼いキスだった。 口と口が勢いよく合いすぎて、鼻がつぶれそうになった。
 でもそのときは、カッと全身が熱を帯びた。 ほんの数秒間の出来事だったのに、顔が離れた後には、百ヤード走ったように息が弾んでいた。
 仕掛けたパーシー本人にも、予想外の展開だったらしい。 少年にしては逞しい胸板が、荒い呼吸と共に大きく上下していた。


 パーシーが黙っているので、ジリアンは先に声を出した。
「何するのよ」
 パーシーは唇を噛み、ゆっくりジリアンの体を下ろした。 その様子は、誰よりも自分に腹を立てている感じだった。
 当惑をどこにも持っていきようがなくて、ジリアンは表情をごまかすために口を尖らせた。
「お別れのキスっていうのはね、もっとソフトに優しく……」
 いきなりパーシーの顔が上がった。 穴があくほど見つめられて、ジリアンは続きの言葉が出なくなった。
「怒ってないのか?」
「怒ってるわよ。 友達じゃなかったら、引っぱたいてるところよ」
 ぎゅっと噛みしめていた下唇が緩んだ。 パーシーは、笑顔になりきらない微妙な表情を浮かべると、ジリアンの隣の壁に背中をもたせかけた。
「私を気安く練習台にしないで」
 ジリアンはぶつぶつ言った。 パーシーは初めて歯を見せて微笑し、顔をうつむけて、ジリアンの頬に軽くキスした。
「わかった。 クリスマスには帰ってくるけど、なんか要るか? エッチなラドクリフの本とか」
「なんで知ってるの?」
 思わずジリアンが尋ね返したため、パーシーは声を立てて笑った。
「いいから、最新のやつを買ってきてやるよ」
 外で、発車合図の鋭い笛が鳴った。 手を回す駅長の横をすり抜けて、ハーバートが走ってきた。 ジリアンは素早く汽車を降り、傍に駆けつけて来た青年に軽く抱きついた。
「休みになったら、早く帰ってきてね。 みんなで待ってるから」
 ジリアンの言うみんなとは、主にマデレーンのことだった。
 ハーバートもジリアンに腕を回し、顔を赤らめながら小声を返した。
「できる限り急いで帰ってくるよ。 マデレーンの……マディの相談相手になってあげてくれるね?」
「ええ、任せて」
 ベンチの横にたたずんだまま、辛そうに傘の柄を握りしめているマデレーンを、ハーバートはもう一度振り返った。
 それから、後ろ髪を引かれる様子で車両に乗り、ドアを閉じた。








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