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手を伸ばせば その22


 リュシアンの無邪気そうな顔に視線を残したまま、ジリアンはさりげなく尋ねた。
「パーシーはそうやってよく先生と喧嘩するの?」
 答えは驚くべきものだった。
「ううん、初めてだよ。 パーシーは先生のお気に入りなんだ。 いっつもまじめに勉強して、いたずらなんかしないから。 でも、あのときは怖かった。 僕達までびびっちゃった」


 パーシーが真面目に勉強?
 今度こそ、ジリアンの目は反射的に彼へ飛んだ。
 汗をぬぐい終わって、パーシーはゆっくり立ち上がり、脱いでいた上着をバサッと片方の肩にかけるところだった。
 無造作な仕草に、てらいはなかった。 もともと彼は見た目にこだわらず、放っておけば、着慣れて擦り切れた服をいつまでも着ているようなところがあった。
「その後、先生と仲直りはできたの?」
 リュシアンはおっとりとうなずいた。
「ハーブが先生にあやまれってパーシーに言って、晩御飯のときにお詫びしたよ。 パーシーはハーブのいう通りにするんだ」
 パーシーが兄を立てていることは、ジリアンにもわかっていた。 ほっそりした茶髪のハーバートは、真面目で気立てのいい青年だ。 誰にでも好感を持たれる性格だが、とりたてて力が強いとはいえない。 それに引き換え、パーシーはめきめきと大きくなってきていた。
 この短い夏の間でさえ、パーシーの服は寸足らずになって、仕立て屋が二度も来て作り直したという話だ。 父親のサー・ジェイムズは、亡き妻にもっともよく似たうねるような金髪のパーシーの容姿を愛していて、彼にはやたら華やかな服を着せたがるらしい。 しかし残念ながら見かけと違い、パーシーは野生児で、着飾るのが大嫌いだった。 そのため、戸外遊びに出るときはいつも、あちこちきつくなった古い服を着てやってくる。 そのため、貴族の息子というより貧しい村の子のように見えた。
 こうやってすっくと立った姿を見ると、もう背丈では兄に追いついていた。 肩幅も広い。 まともに喧嘩したら、たぶんパーシーが勝つだろう。
 だが、彼は兄の言葉にいつも従った。 それも、いやいやではなく、ごく当たり前のこととして。 ジリアンはパーシーの態度をあまり認めてはいなかったが、常識ある兄にたしなめられるとすぐ止めるところだけは、好感を持っていた。


 パーシーが私のために喧嘩したと思っていいのだろうか。
 ジリアンの胸に甘い思いが広がったそのとき、リュシアンが無邪気に続きを言った。
「ジリーは痩せっぽっちのガキなのに、よく女の子扱いできるもんだって、廊下でブツブツ言ってたけどね。 そんな言い方ないよね〜。 パーシーのほうがひどいよ」


 ジリアンは口を尖らせた。 あいつ、足をすくって倒してやりたい。 たぶん虫のいどころが悪くて、きっかけを見つけて家庭教師と殴り合いをしたかっただけなんだろう。 どうして、彼のいいところを見つけたと思いかけると、こういう嫌なオチがつくのか。
 あーあ、期待する私のほうがバカなんだ、と、ジリアンは自分を嗤った。 いったい何をパーシーなんかに期待しているのか、それが今ひとつよくわからなかったが。







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