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手を伸ばせば その21


 ラムズデイル家の家庭教師、若くてなかなかハンサムなエンディコットは、少年たちとはめったに出てこなかった。 午前中はけっこうビシビシ勉強でしごいているらしいが、午後はハーバートに管理を任せて、自由行動を許していた。


 その理由がわかったのは、涼しい風が吹き始めた八月の末だった。
 もうじき年上の連中が学校に去るので、お別れ会をかねて、一同は遠足に出かけた。 といっても遠くへ行くわけではなく、ただいつもより早めに家を出て、おやつを山のように詰めたバスケットを持っていったというだけだったが。
 よく晴れた午後のひとときを、男の子たちは、川辺に近い林の縁で、陣取り合戦に夢中になった。 ひときわ大きい樫の木二本がそれぞれの『城』で、マデレーンとジリアンが姫として君臨している。 相手方の姫にタッチして『さらった!』と宣言すれば勝ちだ。 二組に分かれた兄弟は、枝を飛び移り、下草の中を這い、さまざまな手段をこらして攻防戦を繰り広げた。


 勝負は一進一退だったが、最後には手の長いハーバートが小道を正面突破してマデレーンの手を掴み、高々と掲げて勝利宣言した。
 一同は汗だくになって、笑いながら岸に戻った。 ハーバートと組んだコリンは、まだ興奮が鎮まらず、ジリアンたちが持ってきたランチ・バスケットからおやつを取り出しながら、高い声ではしゃいでいた。
 一方、珍しく敗北したパーシーは、川べりに片膝をついて、首筋を水で冷やしていた。 リュシアンは、ちょこんとジリアンの隣に座り、魅力的なのんびりした口調で、負けの言い訳をした。
「ハーブはさ、意外と足が速いんだ」
「意外と?」
 ジリアンは、リュシアンにベーコンとレタスを挟んだサンドイッチを渡した。 受け取ってさっそく頬張ると、リュシアンはきちんと飲み込んでから返事をした。
「そう。 大学でサッカーの花形選手なんだよ」
「ふうん」
 ジリアンは感心した。 すると、リュシアンは川でごしごし顔を洗っているパーシーをちら見してから、こっちも誉めておかなければと、言葉を継いだ。
「パーシーもサッカーうまいよ」
「そうでしょうね。 運動神経抜群だから」
「それに、性格きついから。 こないだなんか、エンディコット先生をびびらせたんだ」
「びびるって……ああ、ひるませたのね」
「うん。 朝ご飯のときに先生がね、午後の自由時間もたまには監督しなきゃなって言ったの」
「それで怒ったの?」
「ううん、ちがう。 あのかわいい侯爵令嬢にまた逢えるかもしれないしって先生が言ったら、パーシーが急に怒り出したんだ。 嫌らしいこと言うなって怒鳴ってたよ。 手出したらぶっ殺してやるって騒ぎになって、ハーバートが体張って止めたんだ」


  手を出すって…… ジリアンは面映い気持ちになって、本能的に川辺から顔をそむけた。
 頬が赤くなっていなければいいと、心から願った。







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