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手を伸ばせば その16



 ざわざわしていたのが少し落ち着くと、妙な沈黙が襲ってきた。
 なんといっても、今日が初対面の子供たちだ。 そして、ラムズデイル家は男子だけだし、クリフォード家も長男のフランシスがケンブリッジへ行ってからは、女子だけの三人姉妹で暮らしているようなものだった。
 お互いに共通の話題が見つからない。 雰囲気がぎこちなくなり始めたのを察して、ジリアンがふと思いついたことを提案した。
「じっとしててはつまらないわね。 ハンカチ落としでもしない?」
 少年たちはきょとんとした。 隣同士で顔を見合わせているのを見て、ジリアンは驚いた。
「知らないの?」
「ハンカチを掏〔す〕るヤツなら知ってるけどな」
 パーシーが無愛想に答えたので、コリンとリュシアンがくすくすと笑った。
 ジリアンは、もうパーシーには構わず、横のコリンに説明した。
「皆で輪になって座って、輪の外側を鬼がハンカチを持って回るの。 で、こっそり誰かの後ろにハンカチを落としていくのよ。
 鬼がもう一周して、落とした人のところまで来たら、その人の負け。 輪から外されるの。
 鬼が回ってくる前に気づいてハンカチを拾ったら、鬼を追いかけて捕まえるか、それができなかったら自分が新しい鬼になるの」
「こいつらにやらせたら、騒ぎになりそうな気がするけど」
 ハーバートが心配そうに言った。
 逆にその不安げな声が、弟たちの興味をそそったらしい。 ダブダブのシャツを膝まで垂らしたリュシアンが、真っ先に手を上げた。
「僕やりたい! 最初に鬼になる。 いいでしょう?」
「まあ、鬼になりたいなんて、面白い人ね」
 そう言いながら、マデレーンが手提げから真っ白なレース付きのハンカチを彼に渡した。


 もともと輪になって座っているから、リュシアンは火の周りを駆け回るだけでよかった。
 少年が自分の背後に落とすだろうなと、ジリアンは予測していた。 だから、浮かれた仔犬のようにリュシアンが後ろを駆け抜けるとすぐ、手探りで真後ろに触れた。
 思った通り、柔らかい布の感触があった。 そこでワッと立ち上ってリュシアンを追ったが、少年はすばしこくジリアンのいた場所に座り込み、ニッと笑った。
「やったー!」
「見てなさいよ」
 しかめ面をしてみせてから、ジリアンはゆっくりと回り始めた。
 まず、パーシーの傍でわざと屈んだ。 コリンとリュシアンが口を抑えて笑っていたが、パーシーは石にくっついたように動かず、胸で腕を組んでいた。
 そこで落とすのは止めにして、ジリアンは少しスピードを速め、ハーバートのところに何気なく置き、半周した。
 コリンたちの忍び笑いが大きくなった。 ようやく気づいたハーバートが振り向いたので、ジリアンは脱兎のように走り出した。


 ハーバートはジリアンを捕まえることができなかった。 小さい子供たちはわくわくして、始終振り向いては背後を確かめ、回っているハーバートに、自分のところに置いてほしいとアピールした。
 その露骨な誘いに負けて、ハーバートがコリンの後ろに落としたために、乱戦が始まった。
 コリンは興奮しすぎて、唸りながら駆け出した。 そして、落とす気もないくせに、パーシーの背後を通過したときに彼の金髪を手ではたいていった。
 それを見逃すパーシーではない。 すかさず腕を出してコリンの足首を捕らえた。
 二人がとっくみ合いを始めたのを見て、リュシアンがハンカチを奪い、勝手に鬼になってマデレーンに狙いを定めた。 慌てて立ち上がったマデレーンは、転がってきたパーシーたちに足を取られて、横にいたハーバートの腕に飛びこんでしまった。


 まともに膝の上に座られたハーバートは、夕焼け雲のように真っ赤になった。
 リュシアンは、飛んだり跳ねたりして走り回りながら、起き上がってボクシングの構えをしている二人の兄に大声援を送っている。 そしてジリアンは、どちらを見ても可笑しくて、腹の皮がよじれるほど笑った。
 








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