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手を伸ばせば その13


 手を目の横にかざして、川にいるパーシーが見えないようにしながら、マデレーンはできるだけ淑やかに挨拶を返した。
「マデレーン・クリフォードです。 シルバーリーク・アベイは長いこと空家でしたから、手入れが大変でしたでしょう?」
 ハーバートは鳥打帽を握りしめ、もう片手で乱れた髪を撫でつけた。 女性と話すのに慣れていないらしく、視線が微妙に泳いでいた。
「僕はよく知らないんです。 ほとんど父が一人で指図してましたから」
「お父様はどんな方?」
「頑固者です」
「うちの父もそうでしてよ」
 マデレーンも上がっているらしい。 言葉遣いがどんどん丁寧になりすぎていくので、可笑しくなったジリアンが口をはさんだ。
「立派な馬車で見えたのよ。 金と青の紋章がついてたわ」
「あれは父がデザインしたんです。 従男爵になったばかりなもので」
 ハーバートは淡々と説明した。
「町で商売しているんですよ。 ワインとグラスの輸入です」
 ジリアンが感心したことに、マデレーンは表情を変えなかった。
 十九世紀のイギリスで、商売人は低い身分とされていた。 従男爵は、貴族の中ではもっとも下の位だが、それでも上流社会に入ったからには、ワインを売って生活していると大っぴらに言わないのが常識だった。
 しかし、ジリアンは正直なハーバートの態度が気に入った。 それで、自然と笑顔になった。
「じゃ、これまで都会暮らしですか?」
「港町です。 ニューポートに住んでいたんですが、プリマスにも支店があるので、今度からそっちを中心にすることにして、ここへ越してきました」
 商業港で、ぞんざいな水夫に混じって成長すれば、男の子たちの言葉遣いや態度が少々荒くなっても無理はなかった。
 育ちを考えると、むしろ、ラムズデイル家の少年たちは穏やかなほうだった。
 約一名を除けば、だが。


 またリュシアンの咳が聞こえたので、ジリアンは考えから我に返った。
「もっとよく釣れる場所があるんですけど、教えるのは今度にしたほうがいいですね。 リュシアンさんが風邪を引きそうだから」
「そうでした。 おーい、着替えさせたか?」
 ハーバートが叫ぶと、パーシーのぶすっとした返事が聞こえた。
「とっくに着せたよ」
「おまえのシャツをか?」
「他に何があるんだ?」
「おまえはどうするんだ」
「ズボン穿いてりゃ文句ないだろ?」
 鼻から息を吐いて、ハーバートは歩きながらタックとバックベルトのついたジャケットを脱ぎ、パーシーにひょいと投げた。
「自分の上着をボロボロにするから、こんなことになるんだ」
「無理やりベルベットなんか着せるから、ボロにしてやったんだよ」
「よく似合ってたじゃないか」
「冗談は明後日〔あさって〕言え!」


 兄弟が遠慮なく罵りあっているのを、マデレーンはこわごわ眺めていた。
 だが、ジリアンは乱暴な口調の中に強い愛情を感じ取った。 この兄弟たちは、ゆるぎない絆で結ばれているようだった。







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