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手を伸ばせば その12


 マデレーンを置き去りにしてジリアンが駆けつけると、ちょうど末っ子のリュシアンが兄のコリンと水を掛け合いながら、後ろ向きにじりじりと川へ入りこむところだった。
 ジリアンが口に丸く手を当てて、危ない! と叫ぼうとしたとき、高く茂った葦〔あし〕が揺れて、とんでもないものが出てきた。


 それは、素っ裸の男の子だった。 首から上と手先は淡く日焼けしているが、後は全身真っ白で、明るい太陽の元、ほとんど光って見えた。
 あっけに取られて棒立ちになったジリアンの背後で、高い悲鳴が響いた。
「キャーッ、嫌!」
 続いて、ドサッと倒れる音が聞こえ、橋の袂で釣り竿を垂らしていた長兄のハーバートが、血相を変えて走ってきた。
「パーシー! この馬鹿野郎! 潜れ、潜るんだ!」
 パーシーは無表情で、それでも腰だけは落として水の中に沈めた。
 ジリアンと目が合うと、彼は瞬きした。 困らせようとして、わざとやったな、と、ジリアンは直感した。
 そのとき、川の中程で悲痛な叫びが上がった。
「わー、足が流される!」
 ハッと思い出して、ジリアンは上ずった声で叫んだ。
「深みにはまったわ! ここは急に深くなるの。 むやみに入ったら危ないのよ!」
 とたんにパーシーは水中で向きを変え、鮮やかな腕さばきで泳ぎ始めた。 そして、数秒でバタバタしているリュシアンに追いつき、抱えて岸に戻ってきた。
 すぐにハーバートが手を貸して、二人を荒っぽく水から引き上げた。


 少年に助けが届いたのでホッとして、ジリアンは草むらに横たわっている姉のところに急いだ。
 傍には日傘が向日葵の花のように投げ出され、コリンがどうしたらいいかわからない様子で膝をついていた。
「ね、大丈夫? 気分が悪い?」
「びっくりしただけよ」
 ジリアンが代わりに答え、かがんで姉の肩を軽く揺すった。
「マデレーン。 マディ。 しっかりして。 ただのいたずらなんだから」
 マデレーンは薄目を開け、おろおろ声で尋ねた。
「どこかへ行った? あの……あの男」
「男の子よ」
 大げさな姉の反応にそろそろへきえきしてきたジリアンは、短く答えて起きるのに手を貸した。
 気がつくと、すぐ傍にハーバートが来ていた。 川面を吹き渡る風に前髪が乱れて、初めて会ったときよりずっと親しみの持てる顔付きになっていた。
 ハーバートは本当に困っている様子で、帽子を取って姉妹に詫びた。
「すみませんでした。 弟のパーシーが失礼なことをしてしまって。
 根は悪い奴じゃないんですが、今日は朝からはしゃぎすぎなんです。 広々とした土地に越してきて、調子に乗ってるんでしょう、きっと」
 マデレーンは草の上に横座りになり、眩しげにハーバートを見上げた。
「ちょっと……驚いてしまって。 でも大丈夫です」
 優しく手を貸して起き上がらせながら、ハーバートは更に弁解を続けた。
「隣に越してきたラムズデイルといいます。 妹さんに聞いてください。 怪しい者じゃありません。 僕はハーバート。 あの馬鹿はパーシヴァルで、これがコリンです」
 ジリアンが川の方を見ると、ずぶ濡れで咳をしているリュシアンをパーシーが軽々と抱いて、乾いた草の上まで運んで降ろしているところだった。
 彼は、まだ裸だった。 細いが、しっかりと筋肉がついていて、川に忽然と現れたギリシャの男神のように見えた。







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