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表紙

手を伸ばせば その11


 姉たちは、まだ隣の新住人を知らないらしい。
 私はもう二度も逢ってる――ジリアンはちょっとした優越感を味わい、声が元気になった。
「ラムズデイルという一家よ。 男の子ばかりの兄弟がいるの。 私が会ったのは四人。 まだ他にもいそうな感じ」
「ふうん、残念ね。 女の子がいれば、友達になれたかもしれないのに」
 ヘレンは軽く受け流したが、マデレーンは目を輝かせた。
「いくつぐらいの子たち?」
 ジリアンは少し考えた。
「一番上は大人っぽかったわ。 二十歳前後かな。 二番目は私と同じぐらいで、その下はまだほんの子供」
「ハンサム?」
 マデレーンには、それが最大の関心事だ。 この質問には、ジリアンはあまり答えたくなかった。
「そうね、長男の人は優しい顔立ちだった。 次男はブスッとしてる。 下の子たちは素直で可愛いわ。 まあ全体的に、器量良しだったわよ」
 そこで思い出して、ジリアンはマデレーンに向き直った。
「会ってみたいなら、バーリントン橋に行かない? あの付近で鱒釣りをしてるはずなの」
「今?」
「ええ。 よく釣れる穴場を教えてあげると約束したのよ」
「それは私たちだけの秘密じゃない」
 マデレーンは、ちょっとふくれた。
「ジリーは何でも気前よく教えちゃうんだから。 乱暴な男の子たちが採り尽くしたらどうするの?」
「鱒は毎年卵を産んで増えるのよ。 大きな網でも持ってこないかぎり、根こそぎ採るなんてことできないわ」
 ヘレンが笑いながら言ったとき、ドアをノックして、小間使いのベティが入ってきた。
「侯爵様がお呼びです。 ヘレンお嬢様お一人でと」
 姉妹は顔を見合わせた。
「もう連れていくつもり? お父様は帰ってきたばかりなのに」
「いえ」
 ベティはコホンと咳払いした。
「今しがた、奥様からお手紙が届いたんです。 そのことでお話なさりたいようで」
「ロンドンへ引っ張っていくのは中止かしら」
 ジリアンは喜んだが、マデレーンは口を尖らせて呟いた。
「そうじゃなくて、私も連れていってほしいな。 ロンドンを見たいの。 たとえ暑くても」


 ヘレンが気の進まない様子で父の部屋へ行った後、ジリアンはマデレーンと連れ立って、そっと裏の階段を降りた。 散歩を装うということで、マデレーンは象牙色の日傘を差していったが、ジリアンは例の赤いリボン付き麦藁帽子をギュッと被っただけだった。


 十四歳と十五歳の姉妹は、腕を組んで広い敷地を横切り、杉があちこちに固まって茂る緩やかな丘を越えて、道の横手から橋に近づいていった。
 期待にたがわず、まもなく少年たちの興奮した叫び声が響いてきた。
「だめだよ! またズボンを汚したら、ベックラーに箒で殴られちゃうよ!」
「もうとっくにシャツまで真っ黒だろ? 川へ入ったら、逆に水できれいになるよ」
「大変だわ」
 ジリアンは、そう言うなりスカートをたくし上げて走り出した。 一見穏やかに見えるホワイトロック川だが、実はところどころ急に深くなっていて、水草の茂みの陰に危険な淀みが隠れていた。







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