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手を伸ばせば その9


 ジリアンが軽い足取りで表道に出ていくと、ジョンは御者席から降りて、馬車に寄りかかりながら鍛冶屋のホプキンスと世間話をしていた。
 半年ぶりにジリアンを近くで見たホプキンスは、驚いて目を丸くした。
「おやー、ジリアンお嬢さんですよね? ちょっと見ない間におとなっぽくなったですなあ」
「まだまだ。 急に背が伸びなすったから、そう思うんだろうが」
 ジョンが代わりにそっけなく答え、先に乗ってジリアンを引き上げた。


 帰り道に、ジリアンはまたラムズデイルの立派な黒塗りの馬車とすれ違った。
 今度は誰を乗せてきたんだろう。 好奇心で眺めていると、眉と眉がくっつきそうなほど太い中年の男性が、横の窓からちらりと姿を覗かせた。
 たぶん、あの人がラムズデイルの当主だ。 彼が立派に改装したらしいシルバーリーク・アベイを見てみたくて、馬車が曲がって遠ざかっていく小道を覗いたが、屋敷はこんもりと茂った木々の向こうに隠れて、まったく見えなかった。


 ジリアンたちの馬車が厩〔うまや〕の前に止まると、東の裏口から次姉のマデレーンが走り出てきて、ジリアンに告げた。
「お父様が帰っていらしたわよ。 お母様が、またヘレンをロンドンへ連れてくるようにとおっしゃってるんですって」
 その口調は、いかにも羨ましげだった。 マデレーンは昔から早熟で、一日も早く社交界にデビューしたがっていた。
 対照的に、ジリアンは変化を嫌った。 大好きな姉のヘレンは、ちょっと舞踏会に姿を見せただけで憧れの的になったらしい。 この分だと、あっという間に縁談が決まってしまいそうだ。 ヘレンにしろマディにしろ、仲良しの姉たちがこの屋敷を去るのは考えても嫌だった。
 表情を硬くして、ジリアンは馬車から降りた。
「なんで急に呼び戻すの? 前も自分の都合で、突然ヘレンをこっちへ返しておいて」
「大人は勝手なのよ。 特にお母様は」
 マデレーンは悟ったように言った。
「お眼鏡にかなったいい青年貴族が見つかったんじゃない? いよいよヘレンも婚約ね」
「止めて!」
 自分でも驚いたほど鋭い声で、ジリアンは姉を遮った。
「結婚なんて、まだ早いわ。 ヘレンは十七と半年なのよ」
「十六で結婚している友達だっているわ。 それに、娘が三人もいると、親は次々と片付けたいものなんですって」
「誰がそんなこと言ったの?」
「ホノリア叔母様よ」
 ああ、レディ・ラモント。
 ジリアンは険悪な目つきになった。
「叔母様から先に片付いてほしいわ。 ご主人の男爵が亡くなって、もう三年なんだから」
 二人の姉妹は、顔を見合わせて忍び笑いした。







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