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その6
「坊ちゃん方」
ジョンが重々しく言った。
「やたらと物を投げてはいかんですよ。 たとえ、それが泥の玉でも」
泥の玉?
急いでジリアンは、小さな手提げから手鏡を取り出した。
そして、自分の顔を見たとたん、反射的に笑い出した。 手でこすったため、左眼の周りに泥汚れが広がって、まるで海賊の眼帯そっくりだったのだ。
少女がキャッキャッと笑っているのを見て、青年はいくらかホッとした様子で、ポケットからハンカチを出しながら、急いで近寄ってきた。
「すみません! 弟たちが蛙を採って、ついでにすくってきた泥の投げ合いを始めたものですから」
青年が差し出したハンカチは、真っ白でパリッとしていた。 上等なローンで、使うのが惜しいほどのものだ。 でも、ジリアンは遠慮なく顔を拭い、ついでに肩の汚れも念入りに拭き取った。
その間、青年はぽつぽつと話し続け、斜め後ろに並んだ少年たちは、空を見上げたり、噴き出すのをこらえてうつむいたりしていた。 誰もジリアンをまともに見ようとはしなかった。
ジリアンのほうは、遠慮なく少年たちの列を眺めた。 そして、三人の中に先ほど会った馬車の子供たちがいるのに気づいた。
青年は、一人で矢面に立って、懸命に説明していた。
「追いかけっこをしてたんですよ。 泥をぶつけ合いながら。 そうなると、前なんか見えなくなるらしくて」
確かに、少年たちの少なくとも二人は泥にまみれていた。
後の一人、たしか家庭教師にパーシーと呼ばれていた少年は、自分には関係ないという無関心な様子で、余所見〔よそみ〕をしていた。 冷たいほど整った横顔と、一分の隙もないベルベットのスーツが、嫌味たらしかった。
ジリアンは、真っ黒になったハンカチを青年に返した。 そして、こちらも無関心を装いながら尋ねた。
「お隣に引っ越してきた方ですか?」
青年は、とたんに焦った。
「そうだ、自己紹介をしてませんでした。
その通りです。 僕はハーバート・ラムズデイルといいます。 で、これは弟たちの、パーシー、リュシアン、コリンです」
「ジリアン・クリフォードです」
ジリアンも青年に合わせて丁寧に答えた。 すらりとした優しげなハーバート青年に大人扱いされて、いい気分だった。
とたんに、彼の斜め後ろでくぐもった笑い声が聞こえた。 ジリアンが目で探すと、パーシー少年が斜めに体をよじって、顔を隠そうとしていた。
彼の笑いは、たちまち下の少年たちにも伝染した。 みんな必死でこらえていたらしく、小波のように肩が震え出した。
ジリアンは、むっとしようとしたが、できなかった。 自分でもさっきの顔が可笑しかったからだ。
「困ったわ。 この格好で町へ行ったら、もっと笑われるでしょうね」
「いや、そんなことは」
ハーバート青年はいよいよ焦った。
「顔はすっかり綺麗になったし、袖の汚れは乾けば払い落とせますよ」
「ごめんなさい」
コリン少年が、不意に高い声で謝った。
「僕が悪いの。 これから気をつけます」
あら、素直に認めたわね――ジリアンは愉快になり、自然に微笑みかけた。
「気持ちはわかるわ。 私もここで蛙を採ったから。 泥投げはしなかったけど」
「本当? じゃ、どこで鱒釣りができるか知ってる? 僕達いっぱい釣りたいんだ」
「いいわよ。 案内するわ」
身軽にジリアンが立ち上がって、馬車から降りかけたので、ジョンはぎょっとなった。
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