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手を伸ばせば その2


 むっとなって、ジリアンは枝の上で身を反らした。 小柄なほうだが、人の領地に無断で入ってきたよそ者に、たかが服装ぐらいのことで馬鹿にされたくなかった。
「あら、もちろん知ってるわよ。 お隣りだもの」
 それを聞くと、御者はほっとして鞭を上げた。
「ありがとう、ねえさん。 じゃ、俺たちは急ぐんで」
 彼が二頭立ての馬にその鞭を下ろそうとしているのを見て、ジリアンは慌てた。
「待って! 隣りといっても、一マイル(≒1.6キロ)近く離れてるわ。 それに、方角だってわからないでしょう?」
「それなら早く教えろよ。 もったいぶらないで」
 後から顔を出したほうの男の子が、そっけなく言った。


 この子、なんて偉そうなの!
 同い年ぐらいに見える少年に命令口調を使われて、ジリアンはカッとなった。
 もともと三人姉妹の中ではもっとも気が短くて、火の玉と言われている。 あの高い鼻をへし折るような悪口はないか、と一瞬思い浮かべようとしていると、第三の声が馬車の中から響いた。
「やめなさい、パーシー。 失礼だよ」
 それから扉が大きく開いて、青年が降りてきた。


 彼は黒っぽい服装をしていた。 襟飾りまで地味で、くすんだ灰色だ。 たぶん少年たちの家庭教師だと、ジリアンは見当をつけた。
 青年は、温かみのある茶色の眼で樹上を見上げ、穏やかに口を切った。
「子供たちの非礼を許してください、お嬢さん。 男ばかりの兄弟で、女性への接し方を知らないのです」
 お嬢さん、と呼ばれて、ジリアンは狼狽した。 この人は、私の正体に気づいているみたいだ!
 行儀が悪いのはこっちも同じだ。 ジリアンは大急ぎで大木からすべり降り、大事な本をしっかり抱え直して、青年の前に立った。
「「いえ、私も……こんな格好を見せてしまって。 シルバーリークへ行く近道をお教えしますわ。 この道を進むと東の裏門がありますから、そこを出て右に曲がります。 三叉路までまっすぐ行って、右の道を行けば、突き当たりがシルバーリーク・アベイです」
「ありがとうお嬢さん。 詳しく教えてくださって」
 そう言うと、帽子の縁に手を置いて、青年は軽く頭を下げた。 まるで一人前のレディに挨拶するように。
 ジリアンは目を輝かせた。 さっきの腹立ちが嘘のように消え、すっかり気分がよくなって、思わず尋ねた。
「ラムズデイルという方が、シルバーリークの新しい主ですか?」
「そうです」
 青年は頷いて、ピカピカの馬車を手で指した。
「買って手入れが済んだばかりで、これから越していくところです。 あちらがラムズデイルの次男と四男。 わたしは家庭教師のウィリアム・エンディコットです」
「初めまして」
 反射的に挨拶した後、ジリアンは詩の本を持ち替え、仕方なく言った。
「ジリアン・クリフォードです。 ここの三女の」
「それはそれは」
 言葉とはうらはらに、エンディコット青年は驚いたふうもなく答えた。
「屋敷に落ち着いたら、いずれラムズデイル氏がご挨拶に伺うと思います。 その節は、どうかよろしく」











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