表紙

水晶の風 54


 和基は、心が柔らかくほぐれていくのを感じていた。 今の菱野悠香は、第一印象とはまったく違う人間に思えた。
「君って、ユニークだな」
「そんなに人と変わってないよ、やだな。 ただね、麻耶ちゃんのためならできることは何でもしようと思った。 それは事実」
「大好きなんだね」
 息を吸う音が聞こえた。
「あんないい人、他に見たことない。 麻耶ちゃんもお父さんも、言い方は変だけど、神様だと思う」
 いい人? その言い方に、和基は違和感を覚えた。
「あの、間違ったらごめん。 きみと麻耶さんには、もしかすると血のつながりはないの?」
「ほとんどない」
 あっさりと、答えが返ってきた。

「本当の父は、母と結婚する前に職場の事故で死んじゃったの。 だから女手一つで育ててくれたわけだけど、その母も亡くなって、養護施設に行くしかないなってとき、話を聞いて菱野のおじさんが来てくれた。
 父のはとこなんだ。 すごい遠縁なのに、親戚の中でたった一人、私のことを心配してくれたの。
 養女にならないかと言い出したのは、麻耶ちゃん。 父と同じ菱野っていう苗字にしてあげたいって言ってくれた。 そうしたほうが、死んだ父も喜ぶにちがいないって……」
 声がモゴモゴとなって、途切れた。 鼻をすする小さな音が聞こえたような気がした。

 間を置いてから、和基は静かに尋ねた。
「それで、あの後、菱野家は立ち直った?」
「おかげさまで」
 まるで似合わないことを、悠香が言った。
「取り戻した土地が売れて、花卉改良圃場を借りるお金ができて、注文がぐっと増えたんだ」
「え? かきかいりょう……何?」
 とたんに悠香が喜んだ。
「わーい、合田さんでも知らないことあるんだ! あのね、花を大きくしたり育て方を研究するところ。
 それで麻耶ちゃん、すごく忙しくなってる。 私も手伝ってるけど、むちゃくちゃ働いてて」
 また声の勢いが落ちた。
「社長なのに過労死しそうなの。 私のせいかなあーと思うと、たまらなくてね」




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