表紙

水晶の風 1


 架線が錆びた音を立ててきしんだ。
 二両編成の青い電車は、ゆったりとしたカーブを切って、少しずつスピードを落とした。
 駅が近い。 どこだろう。 合田和基〔あいだ かずき〕は体を斜めにして、背後の窓に顔を向けた。
 とたんに眩しい光が目を射た。 ぐっと細めて瞬きすると、虹色の影がちらついた。
 
 電車は静かに止まった。 四角い駅名表示の立て札には、『高代前〔たかしろまえ〕』と書いてある。 まだ下りる駅ではなかった。
 座りなおそうとしたとき、ひとつの顔が目に止まった。
 白い。 その顔は夕顔の花のように、駅舎の屋根で日陰になった空間に浮き上がっていた。 外国の血が入っているのではと思わせる透明な肌で、桜貝のような唇をしていた。
 この電車は一応複線だ。 こっちのプラットフォームに立っているから、南大枝〔みなみおおえ〕方面に行くはずなのだが、その女はなぜか乗らなかった。 ただベンチの横に身を寄せるようにして、顔をまっすく前に向けていた。
 下りたのは男が一人だけだった。 シューッという空気の抜けた音と共にドアが一斉に閉まり、車両は動き出した。
 和基はねじっていた上半身を戻し、がらがらに空いた車内を見るともなく見渡した。 しかし心は、次第に離れていく白い顔を思っていた。
 赴任した最初の日に綺麗なものを見た、というささやかな喜びが、そこにあった。


 上野布〔じょうやふ〕駅で降りて南に百メートルほど歩いたところに、官舎は建っていた。
 名前はいかめしいが、実際は普通の一軒家で、石の門柱に取り付けた木戸を開けると縦格子の引き戸がある、昔風の造りだった。
「中はリフォームしてあります。 畳とフローリングを張り替えて、水周りもバッチリ」
 駅まで迎えに来た中西が言った。 三十代後半で和基より年上だが、序列では下だ。 だから言葉遣いが丁寧だった。
 家財を入れたダンボール箱は、一足先に玄関の上がりかまちに積み上げてあった。
「明日、若いもんを連れてきて荷ほどきを手伝いますよ」
「いや、結構です」
 和基は穏やかに断った。
「少ないから自分でやります。 お世話になりました」
 おや? という表情で、中西が見返してきた。
 


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背景:硝子細工の森
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