表紙

水晶の風 53


 突然、悠香の声が哀調を帯びた。
「だから、わかったでしょ? 麻耶ちゃんは何もしてない。 全部私一人でやったことなんだから、麻耶ちゃんに腹立てないで」
 電話を耳に当てたまま、和基は黙然と立っていた。 一年と少し前、最後に会ったときの姉妹の姿が、鮮やかに浮かんだ。
 和基の存在に気付かなかった麻耶が、妹に自然体で話しかける姿を、あの夜和基は初めて見た。 そして悟った。 この二人には気まずさなんかどこにもない。 本当はすごく仲が良くて信頼しあっているんだと。
 とたんに目の前の世界が逆転し、ぴたりとピントが定まった。 それまで納得のいかなかったことが、すべて理解できた。
 ふたりの姉妹は敵同士ではなく、その真逆。 心を許しあった『共犯者』だったのだ。

 姉妹は瓜川たまきから、土地の権利書を奪い返したかった。 そのために喧嘩したふりをして、妹が瓜川に取り入り、隠し場所を探り出して、まんまと盗んだ……

「他のブツは?」
「え?」
 電話を持ち替えて、和基は言い直した。
「瓜川は恐喝相手がたくさんいたわけだろう? そのネタは?」
「ああ」
 悠香は勝ち誇った調子になった。
「それも見つけた。 全部まとめて、オイルヒーターの台に隠してあった」
「今それ持ってるのか?」
「ううん」
 のんびりと、悠香は答えた。
「駅のロッカーに一つずつ入れて、脅迫されてた人にキーを送った。 みんな取りに来たよ」
「そりゃそうだろう!」
 思いも寄らぬ解決法に、和基は声を上ずらせた。
「しかし、危ないことするなあ。 そいつらは君にも秘密を知られたわけだから、返してもらったことに感謝するより、口封じしようとする奴が出てくるかも」
「ちょっとそう思った。 スナックに火つけられたときに。 だから家に帰って麻耶ちゃんと相談してたんだ。 町を出たほうがいいかなあって。
 でも、あれからずっと何も起きないから、大丈夫だったらしい。 私がやったなんて誰も気付いてないってこと」
「まあ、君を逆恨みするのは間違ってるけどな。 わざわざ金を払ってロッカー借りてまで、強請りの証拠を返してやったんだから。
 その金、自前か?」
「瓜川から盗んだお金。 持ってると汚れるからね」
 和基は危うく噴き出しそうになった。




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