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水晶の風 49
翌年の五月末、和基は成田空港に降り立った。 誰にも帰国日を知らせなかったので、当然出迎えはなし。 三十近い年なんだから当たり前、と、和基はあっさり電車に乗った。
ひとまず実家に戻ると、母がのんびりと迎えてくれた。
「あ、帰ったんだ」
「うん」
「卒業式どうだった? あの変なぺったんこの帽子かぶった?」
「うん」
「写真見せて見せて!」
「後でね」
どうも卒業式の服装にしか関心がないらしい。 最高裁判事の妻とは思えないほどありきたりの反応だったが、そういうところが飾らなくてほっとする面でもあった。
二日後、本庁へ帰国の報告に行った和基は、新たな辞令を渡された。 今度の赴任先は、神奈川県のY市だった。 大きな貿易港があり、国際犯罪の多いところだ。 学んできた知識と語学力を発揮できるチャンスだと激励されたが、和基が真っ先に考えたのは、家に近いから引越し費用が安くて助かるということだった。
任地へ行くのは六月五日と決まった。 今度の官舎はマンションだ。 といっても少々古ビルで、お世辞にも格好いいとは言えないが、交通の便は良かった。
今度は母が来て、荷ほどきを手伝ってくれた。 いいと言ったのだが、どうしてもやりたいときかなかったのだ。
「引越しはベテランなんだからね。 お父さんを日本国中に送り出したんだから」
「大げさだよ」
「まあ、日本国中はオーバーとしても、相当動いたよ。 博多でしょ、島根でしょ、奈良に青森に……」
母が本の入っているダンボールに座って指折り数えていたとき、和基の携帯が鳴った。
開いてみて、和基は眉をひそめた。
「非通知?」
何者だ、と思いながらも、一応出てみることにした。
「もしもし?」
すぐに女の声が返ってきた。
「あっ、通じた!」
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