表紙

水晶の風 46


 それから四日後が、仕事納めの日だった。
 和基がデスクの上をきちんと整理してクロスで拭いていると、トイレから帰ってきた中西が感心した。
「飛ぶ鳥あとを濁さずってことですね」
「飛行機には乗りますが、五日には戻ってきますから」
「まあ、そうですけど」
「それじゃ、皆さんに挨拶してきます。 中西さんいいお年を」
 バッグとコートを手に部屋を出ようとした和基に、中西が思い出して話しかけた。
「そうそう、瓜川たまきママ、昨日引っ越してったそうですよ。 火災保険はまだ審査中で、金下りてないんですけどね」
「たっぷり貯めてたんじゃないですか?」
 冷たい表情で和基が答えると、中西は首をひねった。
「あの小さいスナックで? 店は一応ちゃんと営業してて、ぼったくりじゃなかったようですよ」
 表向きはそうでも、裏で強請りたかりをやってたんだから――そう言いたかったが、やめておいた。 もう付き合いはなくなるにしても、やはり麻耶を巻き添えにしたくなかった。

 実家への土産と身の回り品は、宅配で送っておいた。 和基は大きな荷物を抱えて動くのが好きではなかった。 そして、無駄な動きで労力を使うのも。 だから、夜の便にして、検察庁から直接空港にタクシーを飛ばした。
 最近、官舎に戻るのが嫌になっていた。 帰り道を変えたが、それが余計に心の負担になった。 避けていると、麻耶にはすぐわかるだろう。 しかし、そ知らぬ顔で前を通る度胸もなかった。
 思い出すと気が滅入る。 タクシーの窓から通りの灯りを眺めたが、寂しそうな自分の顔が映るから、更に落ち込んだ。


 実家では、母が陽気に迎えてくれた。
「お帰り。 べったら漬ありがとう。 量も実用的で」
「食べ切れる大きさにしたんだよ。 決してケチなわけでは」
「わかってる。 今年は茂紀さんも帰ってくるから、すぐなくなっちゃうだろうけど」
 再婚したときもう高校生だった兄には遠慮があるらしく、母はいつもさん付けにするのだった。
「へえ、珍しいな」
「たまには和基に会いたいって、電話で言ってたよ」
 有難迷惑だ、と、和基は内心思った。
 



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