表紙

水晶の風 45


「余計なこと、言うんじゃないよ!」
 瓜川は勇ましく怒鳴った。
 だが、和基はその声にかすかなおびえを感じ取った。

 きれいにメイクしたファンデがよれるほど顔をしかめて、瓜川はようやく門から出ていった。 間もなく、エンジンをかける音が響き、すぐに遠ざかっていった。
 玄関の中から、麻耶が戸を閉めようとしたので、悠香が急いで腕を差し入れた。
 麻耶は驚いて、小さくキャッと叫んだ。
「私だよ、私!」
「びっくりしたー。 ラブリーのママが戻ってきたのかと思った」
「言うだけ言って、帰ってっちゃったね」
「なに八つ当たりしてるんだか」
 あーあ、と肩を回していて、ようやく麻耶は、悠香の後ろに和基がいるのに気付いた。
「あ、こんばんは」
 とたんに悠香がプーッと噴き出した。
「し・ら・け・るーっ。 待ち合わせてたくせに、よく言う!」
 和基もつられて笑おうとしたが、なぜかできなかった。 胸の奥がざわざわしている。 今夜見たり聞いたりしたことが、パズルのように自然に組み合わさって、次第に思いもよらない形を取りつつあった。
 和基はまず、麻耶を押しのけて家に入ろうとしている悠香の後ろ姿を見た。 それから、開き戸の間に顔を覗かせている麻耶を、ぼんやりと眺めた。
 そして、悟った。 知りたくなかった事件の真相を。

「あの」
 和基は低い声を出した。 麻耶はもう少し広く戸を開いた。
「入って。 あの子は二階に行かせるから」
「いや」
 だんだん胃がよじれてきた。 冷たい哀しみが霧のように心を覆い、侵食した。
「今夜緊急にまとめなきゃいけない事案ができて。 悪いけど、また今度」
 麻耶の笑顔が、吹き消されたようになった。 視線が、不規則に薄闇をさまよった。
「そう……。 今度って、いつ?」
「また連絡するよ」
 そう言うしかなかった。 でも、もう電話することはないだろうと、和基にはわかっていた。



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