表紙

水晶の風 44


 和基はちょっとむっとした。
「君が言うなよ、それを」
 軽いジャブのつもりだったのだが、悠香は意外にも凹んでしまった。 クッと息を呑むと、急に上目遣いになった。
「えー? 麻耶ちゃんもしかして…… 検事さん麻耶ちゃんとどこまで行ってんの?」
「そういうのは……人に言うことじゃないよ」
「ずるくない? 他人のプライバシーにはびしばし踏み込むくせに」
「それは仕事だ。 私生活じゃやらない」
 そのとき、玄関に廊下から足音が近づいてきた。 二人はとたんにピタッと口を閉じ、相次いで庭の木陰に姿を隠した。

 引き戸が乱暴に開き、瓜川たまきが、襟と前立てにファーのついたコートを乱暴に羽織りながら出てきた。
「則行が死んだからって、なめんじゃないよ。 あんたを潰す手はいくらでもあるんだからね!」
「そんなことして何になるの」
 玄関のたたきから、麻耶の疲れた声が返ってきた。
「私も戦うって言ってるでしょう? 共倒れになるだけよ」
 折れて襟に入ってしまったフードを、瓜川は苛立たしげに引き出した。 その間立ち止まって、ずっと玄関の中を睨みつけたままだった。
「気取った面しやがって、育ちが違うのよーって天井に鼻向けて。 前から反吐が出るぐらい嫌いだったんだよ!
 落ちぶれて都落ちするとこを見たかったのに、出てくのは私かい! どこをどう押しゃこうなるんだ!」
「何度言わせるの! 放火したのは男の人!」
 麻耶の声も負けずに尖った。 瓜川は足を止めたまま、憎々しそうに言い返した。
「やらせたんだろ? 色仕掛けでさ。 泥棒が入った日のアリバイみたいにさ! あれってどこの野郎なんだい? 言えないってことは、そいつが火付けなんじゃないか?」
 和基は我慢できなくなって、木陰から一歩踏み出そうとした。 だが、悠香がギュッとコートの腕を掴んで引き止めた。
 驚いたことに、中では麻耶が笑い出した。
「私はあなたじゃないわよ。 男を言いなりにできるほどセクシーじゃないって」
「はあん?」
「もっとよく考えて。 放火殺人は大変な罪よ。 よっぽど報酬がいいか、すごい恨みがあるか、どっちかじゃなきゃ、そんな危ないこと実行しないわよ」
 怒りで小さく足を踏み鳴らしていた瓜川の動きが止まった。



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背景:硝子細工の森
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