表紙

水晶の風 43


――何やってんだ、あいつ?――
 面白くなった和基は、彼の存在に気付いていない悠香の後を、こっそりついていった。

 夜だし、つげの木と松が立派な庭石の間に配置された庭は、いくらでも隠れる所があった。 悠香が向かっているのは、どうやら応接間のようだ。 薄灰色の壁を伝い、窓の下に陣取って、格子の下に何かを結びつけていた。
 ほんとに、イモリみたいにこそこそ動き回る奴だな、と思いながら見ていると、悠香は一分足らずで作業を終え、腰をかがめたまま一直線に門へ引き返した。
 てっきり家の中へ帰るものと思っていた和基は、逃げ場を失った。 低く刈った寒椿の株の横から這い出てきた悠香は、すぐ目の前に立っている男を発見して、思わず小さな叫びを発した。
「あっ」
 あわてて、和基は口に指を当てた。
「シーッ」
 真似したわけではないだろうが、悠香も反射的に同じ動作をした。
「シーッ! って、ここで何を!」
「そっちこそ」
 ささやき声で言い合いながら、二人は先を争って玄関に退いた。

 玄関脇の壁に寄りかかって、悠香は和基を横目で睨んだ。
「なに探偵みたいな真似してんの?」
「君こそ自分の家でなぜ隠れんぼしてるんだ?」
「あれはちょっと……きのう窓の格子がぐらぐらしてたから、思い出して、もう直ったかなって確かめに」
 苦しい言い訳だ。 でも問いつめたところで本当のことを話すわけがないので、和基は話題を変えた。
「表に車があったけど、君が乗ってきたの?」
「え? ああ、違うよ。 あれはラブリーのママ」
 やっぱり。 だとすると、悠香は姉と瓜川たまきのいる応接間に仕掛けをしていたわけだ。
 それにしても、瓜川は危険だ――気になって、和基は応接間のほうに首を伸ばして覗いてみたが、窓からぼんやりと洩れる明かりしか見えなかった。
「二人だけにしといて大丈夫なのか?」
「気になる?」
 悠香はフフンと笑った。
「たしかに仲悪いけど、手は出さないでしょ。 それよりさ、さっきの質問に答えてないよ。 ここで何してんの?」
「お姉さんと会う約束したから」
「へえ」
 とたんに悠香は意地悪げな顔つきになった。
「麻耶ちゃんが好きなんだ」
 和基は知らん顔していた。 すると悠香は、不意に真面目な表情に戻った。 そして、激しく言い捨てた。
「麻耶ちゃんに悪知恵つけないでね!」



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