表紙

水晶の風 39


 キツネにつままれたよう、というのは、こう言う状態だろうか。 時間が巻き戻されたような妙な感覚の中で、和基はなんとなく麻耶と連れ立ってうどん屋に行き、てんぷらそばを肴に軽く1本飲んで、いい気持ちになって帰り道をたどった。
 だが、角を曲がったとき、天邪鬼な気持ちが和基に取り付いた。 あのひねくれ者の妹がいる限り、二人の付き合いは順調に行かないだろう。 和基は静かだが、内面は結構かたくななところがあった。 悠香の弱みを見つけて、邪魔できないようにしてやる。 そう心に決め、さりげなく切り出した。
「悠香さん、僕に呼び出されたこと恨んでるのかな」
 今は腕を組むよりもっと親しく、しっかり手を繋いで歩いていた麻耶は、長い髪を揺らして否定した。
「そんなことないと思う。 検察庁の建物に初めて入っちゃったよーなんてはしゃいでたから」
「じゃ、なんでチクチクやるんだ? 写真撮ったりして」
「あれは消させたわ。 どっちみち暗いし逆光ではっきり撮れてなかったけど。
 あの子はまだ若くて、世間をなめてるだけなのよ。 見かけほど悪気はないんだから」
「君が彼女を妹として引き取ったんだって?」
 いきなりの問いに、麻耶の視線が波打った。
「というより、父が私に遠慮して言い出せないでいるから、連れてきて全然かまわないよって言っただけ」
「田沢久実という未亡人の娘で、母親が癌で死んで他に身寄りがなかったそうだけど」
「調べた?」
「警察が。 事件の関係者だから」
「そうね……」
 面白くなさそうに、麻耶は足を速めた。
「高校までは成績優秀。 美術工芸の専門学校に入ったが、今年の春ごろから素行不良になり、家出。 現在二十歳」
 小さな溜め息が聞こえた。
「そういう言い方されると、いかにも警察の調書って感じ。 悠香にもいろいろ言い分はあると思うし、一方的に責められない」
「そうやっていつも、君は悠香さんを庇っているが、本当に好きだから? それとも、うまく育てられなかった後悔からか?」
 麻耶は無言になった。 家が近づいても頑固に押し黙っているので、和基は内心焦り始めた。
――まずい。 やり過ぎたか。 なんかどうしても尋問する言い方になるんだな、俺って――
「あの、立ち入ってごめん。 君には何の落ち度もないのに、批判するみたいなこと言って」
「そんなことない。 落ち度だらけ」
 思わぬ答えが戻ってきて、和基を驚かせた。



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