表紙

水晶の風 36


 勢いで連れてきてしまったけれど、麻耶を家へ入れると、和基はとたんに当惑した。
 こういうとき、どうやって場を持たせたらいいかわからない。 お茶はさっき飲んだばかりだし、パソコンで代用しているので部屋にはテレビ一つなくて、殺風景そのものだった。
 麻耶は落ち着いて、電気のついた和室を見渡した。
「日本家屋ばっちりね。 うちと同じくらい古いかな」
「予算の問題で」
「そうね。 検事さんと駐在さんは大変なんだ」
「うん」
 麻耶はマフラーを外してきちんと畳み、和基に手渡した。
「ありがとう、暖かかった。 ここは合田さん一人だけで住んでるの?」
「そう」
「きちんとしてる」
「物がないから」
 とたんに麻耶は、いたずらっぽい顔になった。
「今度持ってきましょうか。 テントウムシのたわしとか、ウルトラマンのコードスイッチとか」
「ウルトラマンのコード?」
「商店街のおまけでついてきたの。 うちは壁スイッチで、こんなふうに紐で引っ張る照明器具ないから、これまで使い道がなくて」
「この紐で不自由ないけど」
「長ーく下まで伸びるのよ。 寝たままで電気をつけたり消したりできるの」
 たまたまそんな便利品の存在を知らなかった和基は、あやうく噴き出しそうになった。
「ウルトラマンが伸びる? 手かなんかがビローンと?」
「ちがうって! ウルトラマンは、伸びる紐の先に小さいのがついてるだけ。 今度見せるから」
 麻耶はむきになって説明した。 そういうときの彼女は、眼が丸くなってすごくかわいい。 いいなあ反応がまっすぐで、変な計算高さがなくて、と思ったとき、和基の手が自然に麻耶の肩に伸びていた。
 すっと抱き寄せられて、麻耶は黙った。 部屋の真ん中で立ったまま、二人はしばらくお互いの息の音だけを聞いた。
 なんでこんなに気持ちが安らぐんだろう。 和基にはよくわからなかった。 ただ麻耶を抱いているだけで、両腕に暖かい手触りを感じているだけで、重力が半分になったような気がした。 心が軽い。 どこにでも飛んでいける。 やがて胸が迫ってきて、鼻の奥が熱くなった。
 そっと顔を前に傾けると、和基は麻耶のつやつやした頭に頬を載せた。 そして、もう一度しっかりと腕を巻き直した。



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背景:硝子細工の森
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