表紙

水晶の風 34


 すると悠香は、空のトレイを胸に抱えて、和基の横の椅子に座りこんでしまった。
「犯人が誰か、ほんとに知らない。 水商売で、酒からんで、夢みたいなこと考えちゃう男の人は結構いると思うし。 妄想でどうかなっても、見た目わかんないもの」
「妄想系の可能性もあるが、それよりもっと具体的に、恐喝がらみじゃない?」
 一瞬、悠香の微笑みが消えた。 だが、まばたきするほどの短い間だけで、すぐ元のリラックスした表情に戻った。
「知らなーい。 私ってただのアシさんだもの」
「アシさん?」
「お手伝い。 パート。 臨時雇い。 わかる?」
「ああ」
 若い子ってどうしてこんなに自信たっぷりなんだろう、と、まだ二十八で思う自分が、和基はちょっと侘しかった。
 そこで、不意に悠香が体を倒してまともに覗きこんできたため、和基は面食らった。
「え?」
「あのさ、私が援交してその相手をカツアゲしてると思ってんの?」
「いや」
 和基は反射的に答えた。 我ながら間抜けた声に聞こえた。 だから、すぐに言い直した。
「君のことは全然考えなかった。 酔うと人は口が軽くなるだろう? いろんな秘密を知るチャンスがあるわけだから」
「ああ、瓜川のママを疑ってるわけ」
 悠香は椅子の背もたれにドスンと寄りかかって、両足を重役風に広げた。
「そう言えばね、ママの前の恋人、雑誌の記者だった。 変な盗撮とかを売りにしてる週刊誌の」
 和基の眼が鋭さを増した。
「名前は?」
「ええと、佐藤……佐藤、則行〔のりゆき〕だったかな? 則正だったかも」
「雑誌は?」
「現実の眼。 エロいしグロいんだ」
「わかった。 協力ありがとう」
 すっかり仕事の顔になって、和基は麻耶に断りを入れると廊下に出て、電話をかけた。
「もしもし、あ、清水さん? 週刊誌で『現実の眼』って知ってますか?
 ああ、そうですか。 そこの記者で、佐藤則行か則正という男を調べてください。 瓜川たまきの元の恋人だそうです」

 電話を終わって客間に戻ると、姉妹は互いにそっぽを向いて、麻耶は窓の外に視線をやり、悠香は姉のために持ってきたはずの紅茶に鼻を突っ込んでいた。



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背景:硝子細工の森
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