表紙

水晶の風 32


 どこかへ麻耶を誘いたかったが、なにしろ不案内で思いつかない。 また城に行こうと喉まで出かかっても声にできなかった。
 それで、なんとなく家に送っていく格好になってしまった。 だが、門が近づいてくると、麻耶が和基の気持ちを汲み取ったように言い出した。
「ちょっと寄っていきません? 私、県外の学校へ行ったから、友達が少なくて、こんなふうに話せるチャンスがほとんどないの。 それに、人見知りで無愛想って言われるんだけど、あなたと話してると全然そんなことなくて、気持ちがゆったりして」
 そこでバレッタがパチッと音を立てて外れ、垂れ下がった髪に引っかかった。
「あ、やだ。 これ取るの忘れてた。 ずっとダンゴにしたままのおばさん頭だったんだ」
 バレッタを急いでポケットにしまいこむと、麻耶は照れ笑いした。 困ったその顔が可愛くて、和基は胸がじんとしびれた。
「全然おかしくなかった」
「そう? ちょっとほっとする」
「本当だから」
「ありがとう」
 麻耶の体が一段と近づき、触れ合うほどすぐ横に並んだ。 再び仄かな香水の匂いがした。

 厳めしい門を入ると、御影石を敷き詰めた道が五間ほど続き、堂々とした和風の玄関に繋がっていた。
「見事な門構えだ」
 和基が感心するのを見上げて、麻耶は寂しそうに首を左右にめぐらせた。
「祖父の代ではこの四倍庭があったの。 昔だから持てた広さね。 今は三百坪ちょっと。 この辺では平均的」
 ひっそりと衰えていく名家を細腕で必死に支えているんだ――痛々しい気がして、和基は明るい声を作った。
「僕の実家は百坪ないよ。 だからここは、とても広く見える」
「そんなことない。 裏にハウスを作ってるでしょう? 建物がぎっしりで、資材をここに置かなくちゃならないの」
 指さされた方を見ると、アルミの枠や網が中庭一杯に積んであった。

 中に入ると、今時珍しくフリルのついたサロンエプロンをした中年女性が出てきた。
「お帰りなさい」
「ただいま。 ハウスキーパーの多村〔たむら〕さんです。 多村さん、こちらは合田和基さん」
「どうも、初めまして」
 長い顔をにこにこさせて、多村は会釈した。 和基は丁寧に答えた。
「お邪魔します」



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