表紙

水晶の風 30


 言ってしまってから、心臓がばくばくし出した。 断られるとほぼ信じて、和基は宣告を待った。
 それほど間を置かずに、答えが戻ってきた。
「うーんと、じゃ、月曜の午前に鉢花を卸しへ届けるんで、その後お昼でもどうでしょうか?」
 えーっ? 耳がおかしくなったのかと思った。 それぐらい意外な展開に思えたが、嬉しくて和基は飛びはねそうになった。
 声も自然と弾んだ。
「はい! どこで待ち合わせします?」
「この間行ったレストランでは? 味よかったですよね」
「じゃ、小杉通りのローレルハウスで。 時間は?」
「十二時十五分で平気ですか?」
 相変わらず細かく刻んでくる。 几帳面なのだろうか。 だが和基は、そんな麻耶も好きだった。
「平気です。 飛んでいきます!」
 電話を切ったとき、頬が火照っていた。


 月曜の朝九時半に、清水刑事から電話がかかってきた。
「ボトルキープの件なんですけどね、検事の言われたこと、ツボだったようですよ」
 執務室の椅子で、和基は背筋を伸ばした。
「手がかりになりましたか?」
「ええ、これから聞き込みに行くところです。
 酒田っていう店の常連に訊いたら、友達の松金の名札がついたボトルがあったっていうんですが、その友達、酒がまったく飲めないらしいんです。 アルコールの匂いだけで青くなるっていうんですから、何万もするドンペリなんかキープするわけがないって」
 和基の目が光った。
「妙ですね。 開店祝いか何かで、義理で入れたんでしょうか」
「スナックのママと付き合うタイプじゃないそうです。 がちがちの堅物で」
「なるほど。 何かわかったらまた教えてください」
「そうします。 じゃ」
 電話を置き、和基は頬杖をついて考えこんだ。
 棚一杯にずらりと並んでいたという高級酒の瓶。 いきなり放火されるほど憎まれている瓜川たまき。 店はそこそこ流行っていたが、ほぼ常連ばかりだったという。 そこから導き出される推論は……
「脅しだ」
 和基の呟きに、自分のデスクで書類を仕分けしていた中西が顔を上げた。
「は?」
「いや、例の放火事件の瓜川さんですが」
「はい」
「パトロンはいないんですね?」
 中西は資料を見ずにすらすらと答えた。
「ええ、決まった男は。 ただ、従兄に工務店をやっている田村耕治〔たむら こうじ〕がいます。 田村はリフォームを主に請け負ってますが、あこぎだと評判の男です」
 困ったときはその男をバックとして使えるか――和基はゆっくり腕を下ろした。



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