表紙

水晶の風 29


「そもそも妹さんはどうしてラブリーに勤めたんですか?」
「どうしてって……従業員を募集していたからだと思いますけど」
「偶然店員募集していたから? 違うんじゃないかな。 瓜川さんはどうもあなたを嫌っているようだ。 あなたを共通の敵と認識しているから仲よくしているんじゃないんですか?」
「敵なんて大げさですよ」
 話しているうちに和基はだんだん職業意識にのめりこんできた。
「それともう一つ、あなたは法務局に登記防止の申請書を出してますね?」
 そのとたん、電話の向こうで麻耶が爆発した。 それまで穏やかに答えているようだったが、実は不快な気分を相当我慢していたのだろう。
「それがどうして事件に関係あるんですか? 瓜川さんが勝手に私を犯人だと決め付けてるだけでしょう? 香水の匂いぐらいでそんなこと言われるの、おかしいです! それに泥棒の入った時間は」
「僕といた」
「……ええ」
 声がぐっと低くなった。 それからまた、思い直したように高まった。
「楽しかったです。 だからこんなことで気まずくなりたくないんです。 私は泥棒なんてしてません」
「できませんね、時間的に」
「そうです! それにもちろん放火もしてないし」
「放火犯の容疑者は背の高い男です。 新聞にも出ていたとおり。
 いろんな家庭の事情を知られたくない気持ちはわかります。 でも、妹さんが被害者の一人である以上、犯行の動機を知るには調査が必要なんです」
 静かな口調で返しながらも、内心和基ははらはらしていた。 嫌われたくなかった、こんなことで。 君が犯人なんて一言も言ってないじゃないか、と、和基は叫びたい気持ちだった。
 少し落ち着いて、麻耶はしぶしぶ説明した。
「父が急死した後、市内の駅前にある土地の権利書がなくなっているのがわかったんです。 盗まれたのかもしれないので、弁護士さんと相談して申請書を出しました」
「なるほど。 一等地なんですね? お宅のある場所ではなく」
「ええ、父が祖父から受け継いだ土地です。 昔はそこで乾物屋をやっていました」
 バブルがはじけてから随分地価は下がったが、それでもY駅前にニ百坪なら一億円以上の価値があった。
 菱野家は最近、金に困っているらしい。 その土地を売ろうとして権利書がないことに気付き、予定が狂って焦ったのだろうか。
 考えているうちに沈黙が長引き、麻耶の冷ややかな声が耳に入ってきた。
「もうこれ位でいいですか? これから出かける予定なんで」
「あ、ちょっと待って」
 仕事から私生活に頭が切り替わって、和基の声が上ずった。
「やっぱり会いたいです。 今日電話したのは、声を聞きたいというのもあって。 事件の話は一切しません。 それに、ジャンパーとジーパンで行けば、公務員なんて見えないですから、また会ってくれませんか? 時間をくれれば、いつでも迎えに行きます」
 ここまで一気に口走ってしまった。



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