表紙

水晶の風 28


 土曜日の朝、和基は思い切って、麻耶に電話をかけた。 そして、瓜川たまきを被害者とする盗難・放火事件の担当になったことを告げ、妹の悠香さんも被害者の一人なので家族として話を聞きたいと頼んだ。
 麻耶の反応は落ち着いていた。
「わかりました。 はい、時間は取れます。 大事なことですから。 それで、どこへ行けばいいんでしょう?」
 なんとなく他人行儀になったな、と悩みながら、和基は急いで応じた。
「いや、呼びつける気はありません。 立ち話で結構です」
「立ち話?」
 声がわずかに尾を引いた。
「こういう小さな町って意外に目が多いんですよ。 男女が話していると特に」
 男女って…… キス一つしてないのに、和基は妙に後ろめたさを感じ、首筋が汗ばんできた。
「じゃ……どうしましょうか」
「このまま電話でお話するのは?」
 浮いた汗が冷たくなった。 会いたい。 質問は口実みたいなもので、本当はもう一度会って言葉を交わしたいというのが真実の気持ちだった。
 がっかりした気分を声に出さないように気をつけて、和基は質問に入った。
「そうですね。 ええと、今度の火事には妹さんの菱野悠香さんも巻き込まれたわけですが、お姉さんから見て何か心当たりは?」
「悠香には関係ないと思います」
 すぐにきっぱりとした返事が戻ってきた。
「つまり、瓜川さんだけが狙われた、または他に動機があった。 そう思われているわけですね?」
「はい」
「そう思う根拠は?」
 今度は一秒ほど間があいた。
「客商売ですからね。 知らずに恨みを買っていたり、片思いされていたりするかも」
「それなら妹さんも立場は同じですね」
 また答えが遅くなった。
「妹はさっぱりしてますから。 気をもたせて恨まれるタイプじゃないです」
「さっぱりしてるんですか? 遺産相続の件でずっとごたごたしていると聞いたんですが」
「それとこれとは……」
 中途半端に声が切れた。
 初めて菱野家の前を通りかかったときのことを、和基は思い浮かべた。 薄暗がりに赤いポルシェが止まっていて、家の中から金切り声がした。 わめきながら飛び出してきたのは確かに妹の悠香で、わなわなと震えるほど興奮していた。 そして、姉を振り切ると車に飛び乗って去っていった。
 おそらく、運転していたのは瓜川たまきだろう。 二人は組んで、麻耶に敵対しているのだ。 そんな妹を、なぜ麻耶は庇うのか。
 長女としての優等生ぶりが、ちょっと鼻についた。 もっと正直に妹と向き合えばいいのに、態度が悪ければ悪いと言わないとどんどんつけあがるぞ、と、次男の和基は複雑な気分になった。



表紙 目次文頭前頁次頁
背景:硝子細工の森
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送