表紙

水晶の風 27


 結局、悠香はしぶしぶと、四人の名前を口に出した。 おそらく当り障りのない客だろうと推察しながらも、和基は中西に書き留めてもらった。

 三十分ほどで悠香が帰った後、和基は清水刑事に連絡を取って、四人の客に聞き取り調査をするよう指示した。 そのとき、他のキープ客に心当たりはないかと訊いてもらうよう念を押した。
 電話を置いてから、和基は中西に尋ねてみた。
「菱野姉妹は財産分けで揉めているんですね? ええと」
と、身上調査書を見て、
「今年の五月に父親が亡くなってからずっとですか?」
「ええ、葬式の後間もなくごたごたし出して、あの妹は姉の紹介で勤めていたドレスショップを辞め、ラブリーに入り込んだんです。 ママの後押しで遺産をできるだけたくさんふんだくろうって魂胆なんですよ」
 中西は顔をしかめて答えた。 和基は窓に寄って、今しも表玄関から出ていく悠香を見下ろした。
「瓜川たまきの後押しですか。 じゃ、瓜川さんにもなにか旨味があるわけだ。 あんな若い子と共闘する理由は何でしょうね?」
「たぶんそれは……」
 中西は言葉に詰まった。 和基は、遠ざかっていく悠香の背中を目で追いながら、呟いた。
「ひょっとすると、瓜川たまき自身が菱野家と揉めてるんじゃないでしょうか」

 和基の勘は悪くないようだった。 法務局に問い合わせたところ、菱野麻耶の名前で、不実の登記防止の申出書が提出されていた。 この申出書は、不動産の権利証を紛失したり盗難されたりしたとき、持ち主が手続するもので、法律的な力はない。 しかし、不当に土地屋敷を手に入れようとする者が登記を申請した場合、持ち主に連絡が来る。 そこで持ち主は、相手が土地を自分のものにする前に、処分禁止の仮処分を申し立てることができるわけだ。
 この事実を知って、和基は決心した。 やはり敷居が高いと逃げているわけにはいかない。 麻耶本人に事情を訊かなければならないときが、いよいよ近づいていた。




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