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水晶の風 26
翌日の午後二時半、悠香は和基の執務室に現れた。
予想した通り、かなりの怖いもの知らずで、ドアを開けて入ってくるなり、腕にかけたムートンのジャケットをデスクにパサッと置いて、無造作に椅子に座った。
「来たわよ。 それで、何?」
立って迎えた和基も、しょうがないので腰を下ろした。
「菱野悠香さんですね?」
「そう。 でも、生まれたときは田沢悠香だったんだ」
和基は身上調査報告書をちらっと見た。
「十三歳のときに菱野家の養女になったわけですね」
「そうだけど」
いまいましげに、悠香は口を曲げた。
「誰も頼んでないのに」
「今日来てもらったのは、続けて起こった二つの瓜川さんがらみの事件で、容疑者に心当たりはないか、お聞きするためです」
和基はずばりと言った。 悠香は頭を振って、セミロングの髪を後ろに流した。
「そんなの警察に話しました。 何度訊くの?」
「また新たに思い出したことがあるかもしれない。 今からの質問で思い当たることがあるかもしれないし」
「だーかーら」
わざと引き伸ばして、悠香はあくびの真似をした。
「あーあ、私はただのスナックお手伝いですよ。 詳しい内情なんか知るわけないじゃん」
「瓜川さんかあなたに熱を上げていた客は? 尾行されたとか、しつこく電話番号を訊かれたとか」
「尾行はないけどケー番訊かれるのはしょっちゅう。 でも特にうざい客はいないな。 店で喧嘩した人もいないし。 常連さんはみんな穏やかです」
「じゃ、最近新しく来た客は?」
「別に変なのいない」
じゃ、これはどうだ。 和基は穏やかに切り出した。
「棚のボトルキープがすごい量だったと聞いたんですが。 店の大きさはこじんまりしているのに」
初めて、悠香の表情がかすかに動いた。
「そうかな。 はっきり覚えてない。 もう焼けちゃったしね」
すかさず、和基は食い下がった。
「それでも名前を何人かは記憶してるでしょう? 教えてもらえないかな」
悠香は口を尖らし、上目遣いに和基を見た。
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