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水晶の風 25


 明らかに放火だった。 焼け跡の扉付近には強いガソリンの臭いが残っていた。 それに、フードを深く被った男がポリタンクを下げて、『ラブリー』の方角へ歩いていったという通行人の証言も取れた。

 被害者が同一なので、一連の流れとしてこの事件も藤見検事が担当するはずだった。 しかし、他に抱えていた汚職事件が連鎖的に広がっていって大きくなったため、まとめて和基の担当に移ってきた。
 それで、ようやく和基は、詳しく捜査状況を知ることができた。 そして、奇妙な事実を知った。
 前の泥棒事件では、しつっこく麻耶が犯人だと主張していたくせに、今度の放火で、瓜川は犯人に心当たりがないと言い張っているのだそうだ。
「まったく? 一人も?」
「そうなんです。 なじみ客、近所の人間、酒屋やカラオケマシーンの社員、みんないい人ばかりで何のトラブルもないの一点張りで」
「お得意を失いたくないからかな」
「客商売ですからね。 でも、近くの店の話によると、あそこのママは決して愛想がいいばかりじゃない、修理の大工や酒問屋のセールスマンなんか相当シビアに値切られるし、こき使われるという話です。 けっこう恨み買ってるんじゃないかって言われてます」
 担当の清水刑事がメモを見ながら報告した。

 被害者が非協力的なので、なかなか容疑者が絞りこめない。 全燃したスナック『ラブリー』が一億ニ千万円の保険に入っていたことがわかって、保険金目当ての自作自演ではないかという疑いまで出てきた。
 瓜川は当然怒り、何の関係もないと逆上した。 調べに行った刑事たちに、こう言って噛みついた。
「冗談じゃないわ! 自分で自分を焼き殺す保険金詐欺なんて、どこにいるっての?
 私と悠香は、もうちょっとで丸焼けになるところだったのよ! 悠香がいなかったら、ほんとにそうなっていたかも。 あんたたち、無責任に犯人でっちあげるんじゃないわよ!」

 泥棒と放火。 偶然に続けて起きたとは思えない。 和基は悠香と話をしたいと思った。 彼女は麻耶の妹で、同時に瓜川たまきの店の従業員だ。 どちらのこともよく知っているはずだった。
「どうします? 呼び出しますか?」
 和基はちょっと考えた。
「そうですね。 こっちが訪ねてもいいんですが、きつい性格らしいから、ここで話を聞いたほうがいいでしょうね」
「では手配します」
 中西はてきぱきと電話を手に取った。



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