表紙

水晶の風 22


「昨日たまたま会ったんです。 中央署で、佐々木警部補にいろいろ言ってましたよ」
「ああ、なるほど。 あのママさんもきれいなんだけど、しつっこいところがあって。 それにしても、よっぽど大事な物を盗られたんでしょうね。 目の色変えてるから」
「そうなんでしょうね」
 自動的に答えながらも、和基は心ここにあらずの状態になっていた。
――麻耶さんを泥棒扱い? 何考えてるんだ! やるわけないだろ?
 それにおとといの晩といえば…… ――
「泥棒なんか不可能だ!」
 大きな声が出た。 中西はあっけに取られて、まじまじと和基を見つめた。
「あのう……」
 我に返って、和基は照れ隠しにマフラーを洋服掛けに巻き、コートを念入りにかけた。
「すいません、大声出して」
「いや、そんな」
 口の中でモゴモゴ言いながら、中西の目に面白そうな光が宿った。
「あ、はあ。 彼女のこと、気にしてたんですね、やっぱり」
「素敵……ですからね」
「でしょ?」
 すっかり中西は上機嫌になった。


 仕事をしていても、ずっと泥棒の件が頭にあって、その日は全然集中できなかった。 
 初めは、麻耶があらぬ疑いをかけられたことに腹を立てた。 特に、姉を中傷しているという妹に対して。
 午後になると、落ち着かない気持ちになった。 麻耶にはれっきとしたアリバイがある。 昼過ぎから夜中近くまでずっと一緒に行動していたのだ。 他ならぬ彼自身と。 合田和基と!
 だが、犯行は本当にその時間帯に行なわれたのだろうか。 スナックは明け方までやっている店が多い。 泥棒が入ったのが、もし深夜なら、麻耶の無実を証明できるのか?
 やがて不安が胸を埋めて、仕事に集中できないほどになった。 和基は被疑者の尋問を一人キャンセルして屋上に上った。
 外は曇り空で、やや冷たい風が吹いていた。 煙草を吸わない和基は、特に何をするでもなく防護柵にもたれて、落ち着いた町並みと、彼方に続く山地の連なりを眺めた。 晴れた日にはくっきりと浮かぶ稜線は、低い雲のせいで上半分が欠け、とりとめなくにじんで見えた。
 事件の担当は佐々木警部補だ。 麻耶のデート相手が自分とわかれば、もうじき彼が訪れるか電話をかけてきて、証言を求められるだろう。 そのときに詳しく事件の経過を聞けるはずだ。 とりあえず、それまで待とう。
 そう決めた後、ようやく気持ちがいくらか落ち着いた。



表紙 目次文頭前頁次頁
背景:硝子細工の森
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送