表紙

水晶の風 21


 書類調べをしていて、庁舎を出るのが夜の八時近くになった。 腹はすいていたが、食事のことを考えるのも面倒で、コンビニ弁当を買って電車に乗った。

 駅を降りての帰り道、薄暗い道路がところどころ、白く雪が降ったように光っていた。
 近づくと、垣根から舞い落ちた山茶花の花びらだった。
 もうじき冬なんだ、と和基は改めて実感した。 街にはちらほらとクリスマス飾りが出ているが、まだ少ない。 しかし、後一ヶ月もすれば、一斉に年末ムードに突入するだろう。
 今年のイヴ、麻耶さんと過ごせたら―― 一瞬、妄想にふけりそうになって、和基は慌てて足を早めた。


 翌朝、執務室に入ってマフラーをほどいていると、中西が入ってきて、挨拶もそこそこに話し出した。
「ねえ、覚えてます? 検事がここに赴任された日に、前の通りで見かけた美人」
「ええ」
 平静を装って、和基は短く答えた。
「あの人ね、菱野麻耶さん、彼女厄介なことになってるんですよ」
 和基の顎が上がった。
「厄介ごと?」
「そうなんです。 泥棒にされそうなんですよ」
 中西の声には、いかにもあきれたという笑いが混じっていた。
「ばかばかしいでしょう? なんで麻耶さんがスナックのママの家に忍び込んで盗みを働くんですか? あんなこと言いふらすなんて、信じられないよ、まったく」
 話しているうちにだんだん怒りが増してきたらしく、中西は笑いやんで怖い表情になった。
「大体、彼女の妹がいけない。 引き取ってもらった恩も忘れて、姉さんの悪口ばかり言って。 今度のことだって、ラブリーのママを妹がけしかけてるという噂が立ってるんですよ」
 ラブリー …… 黒い扉のスナックと、派手なウィッグをひらひらさせた娘が記憶に蘇った。
 ゆっくりとマフラーをデスクに置き、和基はさりげなく尋ねた。
「そのスナックのママ、瓜川という名前ですか?」
「ええ! どうしてご存じなんですか、検事?」
 中西は大きく目を見張った。



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背景:硝子細工の森
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