表紙

水晶の風 19


「隣り?」
 書類をぱらぱらとめくってみただけで、うさんくさい領収書が詰まっているのが確認できた。 心の中でガッツポーズを取った和基は、上の空で尋ね返した。
 社長の牧田は顎をしゃくりあげるようにして、右隣を指した。
「あっち。 瓜川さんの家。 夜に泥棒が入ったって明け方にパトカーがわんわん来てさ、うるさくて眠れやしない」
「それは災難でしたね」
 無表情に答える和基の横顔を、牧田は憎らしそうにジロッと見た。

 結局、牧田は任意で取り調べられることになり、文句を言いながら着替えに行った。  押収物を入れたダンボールと共に、和基たちは意気揚揚と地検本庁へと帰った。

 午後になって、牧田が廃材の不法投棄についてしゃべり出したという一報が入った。 この件はあっさり片がつきそうだ。 押収した書類調べをひとまず置いて、和基は様子を見に行くことにした。
 打ち合わせを終わって中央署を後にしようとしたとき、顔見知りの佐々木警部補とばったり顔を合わせた。
「お、合田検事、相変わらず仕事熱心ですね。 来た早々そんなに頑張ってると、擦り切れちゃいますよ」
「いやあ、もうあちこち痛んで……って、何を言わすんですか。 まだ二十代ばりばりですよ僕は」
「でも、車ないっていうじゃないですか。 電車通勤めんどくないですか?」
「車をいちいち持ってくるほうが面倒で。 バイクでも買おうかなと思ってるんですが」
「そっちのほうが危ない」
「じゃ自転車でも」
 あきれたように、佐々木は笑った。
「質実剛健ってやつですな。 今時珍しいというか。 これから出る用事あるんで、よかったらお送りしますよ」
「ああ、有難いですけど、佐々木さんこそ忙しそうで、鼻に汗かいてるじゃないですか」
「ああこれは」
 佐々木はハンカチを出して顔をぬぐい、うんざりという表情を作った。
「冷や汗ですよ。 被害者にこづき回されてね。 おっかないんだ、あのおばさん」
 三十代半ばの働き盛りで柔道は黒帯、図体がでかいので、警官の英語であるコップとかけてミルコップという仇名まである佐々木を、ここまでひびらせる被害者とは? ちょっと想像して、和基は笑いたくなった。
「佐々木さん二課ですよね。 どんな事件でそんな……」
「ほら、あれ。 またしつこくやって来たよ、まったく」
 佐々木が廊下の向こうを見て、小声でぐちった。



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背景:硝子細工の森
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