表紙

水晶の風 17


 門灯の光は白熱電球らしく、淡いオレンジ色に広がって、暖かみがあった。
 その輪の下に、ふたりは寄り添うようにして立った。
「今日はどうも。 楽しかったです」
 和基がいくらかかしこまって言うと、麻耶も姿勢をまっすぐにした。
「私も。 たいてい作業ズボンにゴム手袋して土にまみれてますから、ちゃんとした格好で街へ出ると目が覚めたみたい」
 それから遠慮がちに付け加えた。
「あのう、名刺もらえますか? これからも、できたらお友達でいたいので」
 やった! そう声が喉まで出かかった。 それぐらい嬉しくて、和基はそわそわとカード入れを出し、深く考えずに一枚抜き取ってさっと渡した。
 黄色い光の中で、麻耶は小さな紙を注意深く見た。 何の変哲もない白い名刺だ。
 予想より長い間があいた。 ほんの十分の一秒ぐらいだが、どこか心に引っかかるタイミングだった。
 やがて顔を上げると、麻耶は明るい声を出した。
「公務員って、検事さんなんですね?」
「ええ、固苦しい商売で。 どんな公務員だと思いました?」
「さあ。 市役所かな、とか」
「ああ、普通そう思うでしょうね」
「検事さんて転勤多いですか?」
「割と」
「眼鏡かけてないんですね。 なんか、検事さんって眼鏡、っていうイメージで」
 麻耶はそう言って笑った。
 もう、さっき感じたかすかな違和感は消えていて、親しみ易い空気だった。 夜は独特のムードがあって、なんとなく別れにくい。 話は切れたのに、ふたりは動かずにぐずぐずしていた。
 やがて麻耶のほうが決心してきっかけを作った。
「それじゃ。 明日もお仕事がんばってください」
「麻耶さんも」
 何気なく言ってから、和基ははっとした。 自分の声が、必要以上になれなれしく聞こえた……
 麻耶はごく普通に答えた。
「はい。 おやすみなさい」
 横の木戸を開いたとき、庭から一陣の風が吹き寄せた。 それまでまったく気付かなかった香料の香りが、和基の顔をかすめた。
 いかにも麻耶らしい、上品な植物性の匂いだった。
 
 
 


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背景:硝子細工の森
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