表紙

水晶の風 16


 今度は紺に赤筋のタクシーを見つけて、二人は黒松城へ向かった。
 車がゆるやかな坂道を登っていくと、光を放つ天守閣が右手に見えてきた。 DLの城みたいになっちゃってるよ、とちょっと思いながらも、その独特の建築美をやはり和基は感心して眺めた。
 タクシーを降りて見回すと、ずらっと店が並んで道の両脇を埋めていた。 土産物屋はもちろん、おでん屋、焼き鳥屋、酒場にバーガーショップ、下の繁華街より賑やかなぐらいだった。
「さすが観光のメッカですね」
「戦国時代からほとんど原形のまま残っている数少ないお城ですから」
 麻耶の声には誇りがにじんでいた。 和基は心に暖かいものを感じた。
「ここが好きなんですね」
「ええ、小さいときからよく来ました。 少し大きくなってからは自転車でしょっちゅう。 遊び場所みたいなものです」
「中へ入れるんですか?」
「城下公園は入れます。 夕方の六時までですけど。 お城の見学はそれなりに料金がかかります」
「そりゃそうでしょうね」
 つわものどもが夢の跡か――山の上に君臨して立つ古城を、和基はもう一度じっくりと見渡した。

 城そのものには昼間しか入れないので、バックにして記念写真を撮ってから、隣接した資料館を見学して、二人は八時過ぎに城門を出てタクシーに戻った。
「いいお城ですねえ。 今度昼間じっくり見てみたい」
「案内しますよ。 ここは詳しいから」
 麻耶はそう言って笑った。 大輪の百合のような笑顔だった。


 菱野家の前で、二人はタクシーを降りた。 タクシー代は麻耶が払うと言ってきかなかった。
「ここまで全部出していただいたんですから、これは私が」
「あ、でも……」
「お城に誘ったの私ですし。 お願いします」
 懇願されてしまった。 苦笑して財布をしまいながら、和基は麻耶の上品さを思った。
――男にべったり払わせて平気な人じゃないんだ。 気を遣ってくれるな――
 胸を爽やかな風が吹きぬけた気分だった。
 
 


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背景:硝子細工の森
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