表紙

水晶の風 13


 今度は腹が空きすぎて鳴ったりしないよう、近所のパン屋でサンドイッチを一袋買い、軽い昼食を済ませた後、和基はまたパソコンにしがみついた。 ただし、今度はテアトル・オリオンの券の売れ行きを調べるためだった。
 まだ当日券の余裕はあるようだ。 ほっとして、和基は食後のコーヒーに手を伸ばした。

 服装をチェックし、財布を確かめ、いざ出かけようとしたとき、ベルがピンポーンと鳴った。
 表にいたのは、縞のシャツを着た宅配の若者だった。 ベルを押したとたんにぬっと出てきた和基に戸惑いながらも、彼は明るい声を出した。
「すいませーん、合田さんてこちらですか? えーと、合田和基さんですけど」
「はい」
「お荷物です。 サインお願いしまーす」
と言いながら紙を出そうとして、若者は首をひねった。
「あれ、違う…… ちょっと待ってくださいね」
 そして、肩に四角いダンボールを載せたまま、道の端に寄せてある配送車に駆け戻った。

 それからが大変だった。 領収書がなかなか見つからない。 終いに、じれた和基が一緒になって探す始末だった。
 床に落ちて他の荷物の下敷きになっていたのをなんとか見つけ出したときには、もう二十分近く経っていた。 若者は恐縮して小さくなっていたが、和基はそれどころではなく、殴り書きでサインして荷物を玄関に放り込み、速攻で戸締まりを済ませた。
 時間の余裕を見て支度したのに、もう二時半を回っている。 三十分で間に合うだろうか。 電車の時間割は?

 不安は的中した。 乗る予定だった電車はとっくに出ていて、次は二十二分後だった……
 和基はいったん駅を出て、小さなロータリーでタクシーを探した。 すると、運のいいことに、すっと駅前に乗り付けてくる灰色の車体が目に入った。
 中から下りてきたのは、見覚えのある顔だった。
――あれ、この子は麻耶さんの…… ――
 今日はけばけばしいメイクなし、ウィッグなしで、幼いぐらいの表情に見える。 斜めにカットしたスカートから長い脚をさっと突き出して降りながらも、耳につけた携帯は離さなかった。
「うん? そうそう。 わかった。 絶対引き止めといてね。 うん。 うん。 がんばろう、お互い」
 妙に真剣な声で話している娘とすれ違いざま、和基はタクシーに飛び乗って行く先を告げた。
 
 


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