表紙

水晶の風 11


 目が合った。 ユウちゃんと呼ばれた女は、口元だけでニコッと笑いかけた。
「こんばんはー」
「こんばんは」
 低く答え、和基は少し足を早めて前の一群に追いついた。 妹らしいが全然麻耶さんに似てない、でもほんとに笑窪が出るな、と思いながら。

 浜谷と藤見、それに平は二次会に行くそうだった。 和基はそう酒に強くないので、そこで三人と別れ、町の外れに住む田宮のためにタクシーを止めた。
「おっ、ありがと。 じゃ、また月曜日にね」
「おやすみなさい」
 その晩は金曜日だった。

 グレーとオレンジの電車に乗って二駅、上野布に降り立ってから、和基は菱野家の前を通る道を選んで歩いた。 もう十時過ぎで、麻耶がひょっこり出てくることはまずない。 それでも、傍を通り抜けるだけで胸がときめいた。 中学生の頃に味わった初恋の甘酸っぱい切なさが、心の隅からよみがえってくるようだった。


 翌日は快晴だった。 布団を干し、掃除を済ませた後、きのう繋がったばかりのパソコンを開いて調べ物をしていた和基は、広告欄に目を引く写真を見つけて、手を止めた。
「光の騎士ランスロ?」
 悲恋映画らしい。 和基はコスチューム物が好きで、キング・アーサーとか指輪物語などをロードショーで見ていた。
「ええと、テアトル・オリオンで三時二十分から」
 面白そうだ。 仕事が一段落したらぶらっと行ってみようか、と決めかけたとき、不意に麻耶の顔が脳裏に浮かんだ。
 和基は考えこみながら立ち上がり、小さな裏庭に面した窓まで歩いた。 食事に誘うついでに映画にも行けたら……でも、それじゃ完全なデートだし……
 デート上等じゃないか――何か言葉の使い方を間違っている気がしながらも、和基はいきなり決心した。 誘ってみよう。 会ったばかりだからって、遠慮することはない。 表面物静かながらも根はスポーツマンの血が、和基の背中をドンと押した。
 
 
 


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背景:硝子細工の森
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