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水晶の風 10


 その夜は、中西が幹事になって、市内のカフェで和基の歓迎会をやることになった。 出席したのは地検部長の浜谷〔はまや〕、和基と同じA庁明けの藤見〔ふじみ〕、事務官の平〔たいら〕、それに和基の決済官にあたる検事の田宮暎子〔たみや えいこ〕。 このメンツでは、藤見がちょっと無口なだけで、後は話しやすく常識的な人たちだった。
「合田くん優しい顔してるけど、案外ビシッとやるんだって?」
 ジンフィズを傾けながら、田宮が話しかけてきた。 和基は苦笑いでグラスを置いた。
「そこまで貫禄ありませんよ。 なめられない程度にしてるだけで」
「加減が難しいわよね。 強く出すぎるとびびられちゃうし」
「今いくつだっけ?」
 これは浜谷の質問だった。
「二十八です」
「お父さんもお兄さんも裁判官だったね。 法曹一族なわけだ」
「父と兄は仲いいんです。 僕はむしろ、母と気が合うほうで」
「でしょうねえ。 当たりがソフトだもの」
 田宮暎子が、いかにも我が意を得たりという口調で言った。

 まだそう親しくないため、うちとけるまでにはいかなかったが、なごやかな雰囲気で打ち上げ、九時半過ぎに一同は店を出た。
 駅に向かってぞろぞろと歩いているうち、和基と中西が少し遅れた。 それで和基は、今夜の礼を言っておいた。
「幹事さんお疲れさまです」
「いや、そんな。 転属する方がある度にやっていることですから」
 それでも中西は丸顔をほころばせて嬉しそうだった。
 角を一つ曲がったとき、道から少し引っ込んだところにある黒いドアが開いて、中からもつれあうように男と女が出てきた。
 明らかにウィッグとわかるカールを後頭部になびかせた女は、鼻声で男に言っていた。
「じゃねー、来週また来てね。 指きりっ」
「はいよ。 悠ちゃんのこのかわいい笑窪見に来るよ。 うちのかあちゃんなんてぶっとばせ!」
「はい、指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。 指切った!」
 この幼稚な姿を奥さんに見られたらどうなる、とやや皮肉な見方をしながら横を通りぬけようとして、和基は不意に思い当たった。
――この女の子の顔…… 厚化粧を取ったら、菱野家から飛び出てきたあの子じゃないか?――
 
 


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