表紙

水晶の風 9


 淡くシクラメンの花を印刷した業務用の名刺だった。
「どうも」
 受け取ると、和基も反射的にポケットへ手を入れようとしたが、そこであるためらいが生じた。
――俺の職業を聞いて、それでも気軽に付き合ってくれるかな――
 警官と検事は敬遠されがちなのだ。 イメージが固い、面白味がない、仕事が危険だ、など、理由はいろいろあるだろうが。
 もっと親しくなってから話そう、と心に決めて、和基は誤魔化した。
「ちょっと今名刺持ってなくて」
 麻耶は気にする様子はなく、軽やかにうなずいて門から入っていった。
「おやすみなさい」
「じゃ、また」


 翌日からは、もう通常の仕事が待っていた。 大西が出してくる書類を元に被疑者の取り調べを行ない、補充捜査を実施し、綿密に立証計画を策定する。 和基は物静かだがキリッとしていて、ある種の威圧感があった。 初めは若造となめていた被疑者を不意に鋭く問いただして、背筋をびしっとざせることが数度続き、大西を驚かせた。

 自販機を壊して小銭を取ろうとした上に、発見した雑貨屋の店主を殴って傷を負わせた男と、半時間にわたってやり合った後、すみませんでした、という一言を何とか引き出して、時計を見ると四時近くになっていた。
 被疑者を送り出した後、調書を揃えて綴じながら、大西は感心して、窓際に立つ和基に話しかけた。
「迫力ありますなあ。 ちょっと意外でした」
「兄から喧嘩のやり方を仕込まれたんです」
 苦笑して、和基は答えた。 大西は身軽に立ち上がり、
「コーヒーブレイクにしますか」
と訊いた。 和基は少し考えた。
「薄目のをお願いします」
「わかりました」
 いそいそとコーヒーを入れに行く大西の背中は、丈夫そうな世話女房を思わせた。
 


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背景:硝子細工の森
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